京都大学 都市社会工学専攻藤井研究室

京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻
交通マネジメント工学講座 交通行動システム分野

藤井聡:富国強靱~強く豊かな日本を目指して~

NiX Technical Report 2012.

 

 

富国強靱 ~強く豊かな日本を目指して~

藤井 聡1

 

1京都大学大学院工学研究科都市社会工学専攻 教授

 

Key Words : デフレ対策,巨大地震対策,首都直下地震,国債,国土強靱化,列島改造論

 


今我が国日本は,存亡の危機に立たされている───多くの国民は,こんなセリフを聞いたとしても,さしてピンとは来ないであろう.かつてよりは景気が悪いとは言え,何とか日常生活が続いているのだし,地震だって来ないかもしれないんだし,このまま,ずっとこの生活が続いていくんじゃないか───と漠然と考えている方は決して少なくはないだろうと思う.

しかし残念ながら,「これまでの様な普通の生活ができなくなる日本人」はこれから確実に増えていく.なぜなら,デフレというものは,循環することなく「スパイラル状」に悪化していくからである.しかもそんな「普通の生活ができなくなる日本人」は,数百万人,数千万人という未曾有の規模にまで拡大していくことすら予想できる.そしてそれと同時に,世界各国との比較の中で,かつては世界第二位と言われた経済力は早晩十位程度にまで凋落していくことも十分に想定内だ.

そしてそこまで経済が悪化した状況において,弱り目に祟り目とばかりに巨大地震に直撃され,巨額の資産と,夥しい数の生命が同時に失われてしまうということもまた,十二分に想定内なのである.例えば,首都直下地震は100兆円~300兆円規模の被害をもたらし,東海南海東南海地震もまた,それと同水準の被害をもたらす可能性も考えられている.

特に首都を直撃する巨大地震は,日本の政府機能をすら喪失させかねぬ力を秘めたものである.それを思えば,首都直下地震は,日本の「国家の安全保障問題そのもの」なのである.

こうした事を考えれば,冒頭で紹介した「今我が国日本は,存亡の危機に立たされている」という言葉は,決して荒唐無稽な空想的な言葉なのではなく,十二分の現実味を湛えた言葉なのだと言わねばならないのである.

では,この「危機」に対して,我が国はなす術なく指をくわえて無為のまま過ごし,ただただそんな危機が来ないことをさながら「雨乞い」するかの様に祈り続けるしかないのであろうか───.

これこそが,今,我が国日本が問われている,国家的大問題なのである.

そしてこの問題に対して「為す術がない」と断定することなど,冷静に我が国日本がおかれた状況を見るなら「あり得ない」のである.

そもそも,巨大地震に対する備えなどできないのだ,ということなど「絶対に」あり得ない.防災対策は一面において純粋に技術的な問題であるが,その技術力を,我が国は間違いなく持っている.耐震補強,堤防対策,液状化対策に加えて,被災地における様々な都市機能を地震発生の見込みが低い地域に移転することは,技術的に何も難しいことではない.

もちろん,そのための(例えば年間数兆円から十兆円程度,十年の総額で100兆円から200兆円規模の)巨大な「財源」を確保することが出来るのか,という点については,大方が疑問に思うところであろう.

しかし,国家的な金融市場の現在の動向を見れば,そうした公共投資に回すための予算は,相当程度存在していることが分かる.なぜなら,デフレーションの今,先行き不安に怯える諸企業は投資をすることを差し控え,それまでの借金の返済あるいは貯蓄(つまり,内部留保の拡大)に躍起になっているからだ.そのため,民間に使われずに余っている大量のオカネが,実に170兆円規模で民間銀行の中に,まるで「塩漬け」されたかの様に残留している.つまりデフレーションに苛まれている今の日本の民間企業達は,この170兆円の資金を使い切るだけの「余力」を持ち合わせてはいないのである.だからこそ,この余った170兆円の資金を,日本国政府が(国債を発行する事を通して)借り上げ,それを,日本を救うための諸事業に活用していくことができるのである.いわば皮肉にも,デフレーションであるからこそ,民間銀行には,巨大地震対策のための財源を政府に貸し付ける力を持っているということができるのである.

とはいえ,当然ながら,そうした資金もその内,早晩,底を突くこととなる.
そうなったとき,民間銀行は,政府にオカネを貸せなくなってくる(つまり,国債を買えなくなってくる).こうなったとき重要となるのが「日本銀行」である.つまり,民間銀行が資金を貸し出す余力が無くなった時には,日本銀行が政府に資金を貸し出すようにすればいいのである.

ただし当然ながら,日本銀行も「無限」に政府にオカネを貸し出すことはできない.どれくらいまで政府にオカネを貸し出せるのか(つまり,国債を買うことができるのか)と言えば,それは,「インフレ率がある程度(例えば,コアコアCPIが3-4%程度)になるまで」である.

この主張を理解するには,日銀の国債買い取りとインフレとの関係について一言付言する必要があろう.そもそもインフレとは,経済の中で「活動」している貨幣の量が増える事を意味する.一方で,日銀の国債買い取りは,経済の中に貨幣を注入することを意味する(例えば1兆円の国債を日銀が買うということは,日銀が1兆円のオカネを刷って,それを,国債の売り手に渡すことを意味している).だから,上述のように国債を日銀が買い取り続ければ,徐々にインフレになっていくのである.

ただし,あまりにインフレがきつくなると,今度は,「インフレ不況」という状態になる.つまり,物価が高くなりすぎる割に,給料が上がらない,という問題がでてくるのである.

以上を踏まえるなら,「日銀は国債を“適当なインフレ率の上限値になるまで”は買い取り続けることが可能であるが,それ以上は買い取ってはいけない」ということが言えるのである(なお言うまでもなく,こうした日銀による金融政策を考える上では,物価だけではなく,金利の動向も見ておかなければならない).ただし,ここで皮肉にも,今日本が「デフレであるおかげ」で「望ましくないインフレになるまで,日銀が買う事ができる国債の額」は,かなり大きな水準となるのだ,ということができる(逆に言うなら,もし,今の日本が既にインフレ状況であるなら,日銀による国債発行の余地はほとんどない,ということとなっていたはずなのである).

つまり───皮肉にも今日本がデフレであることから,政府が民間の銀行や日本銀行から借り上げられる国債の金額は,数十兆円どころか,百兆円を越える程度であることすら考えられ得るのである.

さらに言うなら,それだけの支出をすることではじめて,デフレから脱却でき,適正なインフレ率の下での「経済成長」を果たすことができるのである.そしてそうなってはじめて,倒産も失業も減少し,国民所得が拡大し,国民生活が豊かになっていくことができるのである(さらには,税収もあがり,国土強靱化のための財源を,国債に頼らずとも確保できるという事態にもなることだろう).

つまり,我が国は今,デフレであること,巨大地震の危機に直面していること,という二つを冷静に見極めつつ,適正な財政政策,金融政策,そして,強靱化政策を推進していくことが,「客観的に可能な状況」にあるのであり,したがって,そうした諸施策を,大きな国家的施策パッケージとして推進していけば,巨大地震が来ても亡びることのない強靱で,そして,豊かな国家を築き上げることが現実的に「可能」となるのである.

それはいわば,「西洋列強」という軍事的脅威にさらされた明治政府が「富国強兵」を果たした様に,「超巨大地震」という脅威にさらされた平成日本もまた,経済成長と強靱な国家をつくりあげんとする「富国強靱」を果たさんとしなければならないのであり,かつ,それが現実的に「可能」な状況にあるのだという事を意味しているのである.

そうである以上,今,我が国日本に於いて足らぬものが唯一あるとすれば,それは,そうした富国強靱を果たさんとする「政治的決断」だけなのだと言うことができよう.

そして,もしも現在の民主党政権に,その政治的決断を下すだけの力量があるのなら,現政権がその政治的決断を下されんことを,日本国民は全力で促さねばならない.しかしながらもしも逆に,現民主党政権にその力量がないとするなら,日本国民の力で,例えば次の総選挙の機会を通してそうした富国強靱を果たさんとする新しい政権を誕生さしめなければならない.より具体的に言うなら,「強靱化」と「デフレ脱却」を共に,かつ,強力に主張している政党をこそ,日本国民は応援することが求められている一方,それを十分に意識しない公約を掲げる政党に対しては,最大限の警戒心をもって接しなければならないのである.なぜなら,繰り返すまでもなく,今,富国強靱を果たさなければ,我が国は滅び去る可能性が十二分にあるからであり,そうした可能性を全力で排除せしめんとする姿勢こそが,国政に関わる政党において何よりも求められるものだからである.

 

参考文献

藤井 聡:救国のレジリエンス~列島強靭化でGDP900兆円の日本が生まれる,講談社,2012.