藤井聡:「消費税・増税論」を検証する

週刊エコノミスト 平成24年6月26日号(pp. 78-80) とことん考える消費税⑰

「消費税・増税論」を検証する

~名目GDPを拡大して税収を増やせ~

 

 

京都大学大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡

増税だけで社会保障に対応するのは無理

野田首相は「消費税増税」に不退転の決意で臨んでいる.その背後には,「少子高齢化のために年々増え続ける社会保障費に対応するには,増税以外に道はない」という論理が横たわっている.

もしもこの論理が「正しい」なら,消費税増税は正当化されるだろう.そして実際,多くの一般の人々もこの説が正しく,それ故に,消費税増税に反対することは差し控えなければならないと感じていることだろうと思う.

しかしこの論理は,本当に「正しい」のだろうか.

消費税増税に反対の方はもとより,賛成の方も含めてこの一点について冷静に考えたい──これが,本稿の目的だ.

そもそも社会保障費は,これから当面の間「右肩上がり」で続いていく見通しである.

これに対応するためには消費税率はどの様に上げていくべきであろうか.

万が一にも,消費税増税で経済不況が深刻化しないと仮定したとしても(そもそも筆者は,そんな事はあり得ないと考えているが,仮にそれを不問に付したとしても),社会保障費をまかない続けるために消費税率を「右肩上がり」に増やし続けねばならない.

しかし,これはあまりにも非現実的だ.消費税率を青天井で右肩上がりに増やし続けることなど,あり得ない選択だ.

それを考えれば,「社会保障費の増額に対応するには,消費税率を上げざるを得ない」という説そのものが,端から論理的に破綻したものである疑義が濃厚だ.

 

GDPが増えれば税収は増える

しかし,「そうはいっても社会保障が増えていくのを指をくわえてみているのか?増税でもしなければ,対応できないではないか」という意見もあろうかと思う.

しかし,そうした意見は,次の一点を見過ごしている.

それは,「税収」というものは,名目GDP(以下,本稿では単純にGDPと呼称)と各種税率に依存するものであり,それ故に税率を変えずともGDPが増えれば増える,という自明の事実である.

図1をご覧いただきたい.このグラフは,日本がデフレに突入して以降(1998年以降)の,日本国内の「税収」(折れ線グラフ)と「GDP」の推移を示している.ご覧の様に,両者の動きは,ピタリと一致している.

 

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図1 デフレに突入して以降(1998年)の総税収と名目GDP

 

ただしこれは何も驚くべきことでも何でもない.

GDPが増えるということは,国民の消費や所得や法人の収益が増えるということを意味している.だから,税収が一定であっても,GDPが増えれば消費税,所得税,法人税が増える.当たり前だ.

この一点を踏まえるなら「増え続ける社会保障増に対応するには増税は不可避」という論理が,誤ったものにしか過ぎない,という帰結が即座に見えてくる.なぜなら「増税は不可避」というなら,増税以外に「増収」の方法が「無い」ことを証明しなければならないが,現実には「GDP拡大によって税収を増やすことができる」からだ.

 

穏やかな経済成長で社会保障増に対応可能

では,GDPが拡大した時,税収はどれだけ増えるのか.

もちろん,これは「予測」の話なので,厳密に誤差無く推定することなど出来やしない.しかし,過去の推移を見ればそれなりに予想することはできる.

図2をご覧いただきたい.これは「GDPがどれだけ増えた(減った)時に,税収はどれだけ増える(減る)のか」をまとめたものである.ご覧の様に,GDPが大きく増えれば増えるほどに概ね「比例」して税収が大きくなる事が,そして,例えば(横軸の)GDPが10兆円増えた時には税収は3兆円程度増えていること等が読み取れる.ついては,このデータを用いて簡単な統計分析(回帰分析)を行った所,

「GDPが1兆円変化すると,税収が平均で約0.28兆円変化する」

という結果が得られた(重相関係数は,0.83という良好な水準であった).


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図2 デフレに突入して以降(1998年)の「総税収」の増減と「名目GDP」の増減

 

 

それを考えれば,少なくともGDPが毎年3~4兆円ずつ成長すれば,社会保障費1兆円の増分をまかなうことが出来るということが予想されることとなる.これはつまり,名目GDPの成長率が0.6%~0.8%程度確保されれば,1兆円程度の増収が叶う,ということを意味している.このことはすなわち(もちろん,実質的には金利等の変化を加味することも必要ではあるが,少なくとも)高度成長期のような激しい成長を果たさずとも,穏やかな経済成長を期するだけで,社会保障の増分をまかなうことは十二分に可能であることを意味している.

 

政府公表資料の「怪しげ」な記述

しかし,現政府は,こうした「成長で社会保障費増に対応する」という見解に対して,「異様な程に否定的な見解」を重視している.

例えば,昨年暮れに公表された,財政制度審議会の『財政の健全化に向けた考え方について』と言う報告書には,現状に於いては1兆円GDPが増えても,「950億円」程度しか税収は伸びないという内容が“科学的にいい線”として記述されている(注:この数値は,報告書内に記載されている数値・税収弾性値に基づいて算定した値である).これは,図2から直接読み取れる水準の数分の一程度の水準に過ぎない.例えば,デフレに突入指定後のGDPが拡大した5つの年次「全て」においてこの値を上回る水準で税収が増えている.GDPが1兆円拡大することで,0.25兆円(10年),0.31兆円(07年),0.47兆円(04年)等と,報告書で想定される数値の3~5倍程度もの水準で,税収が増えているのが実態だ.

つまり,この審議会の報告書に“科学的にかなりいい線”と書かれている数値よりもずっと高い水準で,GDP拡大は税収増に結びついているのである.

なぜ,ここまで異様とも言える程に低い値が,GDP拡大に伴う税収の増量値(あるいは税収弾性値)を政府が想定しているのか(仮にGDP以外に税収増をもたらす要因があるということを科学的に想定したとしても)───筆者には全く理解できない.

しかもこの報告書には,次のようなことも記述されている.

それはすなわち,「GDPの拡大によって税収が増えることは増えるのだろうが,その増加は,その際に予期される金利上昇率とほぼ同様であって,結局,GDPの拡大によって社会保障費の増分をまかなうことはできないだろう」,という趣旨の記述である.

これは,恐ろしい記述だ.

もしもこの記述が正しければ,本稿冒頭で示した,社会保障費増に対応するには増税「しか」あり得ない,ということになり,消費税増税がさも「科学的」に正当化されたかの様になってしまう.

しかし,上に述べたように,デフレ期の現時点に於いては,GDPの拡大に伴う税収の増量値(税収弾性値)は,この報告書に書かれている水準の「3~5倍程度」も見込まれるのである.つまり,この報告書で想定されている金利上昇の「3~5倍程度」もの金利上昇が現実化して始めて,この報告書の「GDPの拡大によって社会保障費の増分をまかなうことはできない」という結論が正当化されることになるのだ.

しかし,デフレの今,金利がそんなにすぐに上昇することなど,誰も想像出来やしないだろう.したがって,この報告書の「GDPの拡大で,社会保障費の増分をまかなうことはできない」という結論が「誤っている」ことが,非常に高い確率で見込まれるのである.

───(以上,少々ややこしくなってしまい恐縮であるが,「増税の正当化論」の疑義を明らかにするために極めて重要な論点であるので少々詳しく説明したが),以上の議論を踏まえれば,社会保障費の増分は増税でしかまかなえ無いのではなく,GDPの拡大でまかなうことが十二分に可能だと言わざるを得ないのである.

 

経済成長は可能なのか?

では,次に問題となるのは,GDPの拡大は可能なのか,という論点である.

この論点について,巷では「少子高齢化の日本は,もう成長できない」という俗説が信じ込まれてしまっている.しかしこの俗説もまた,あからさまに間違った事実誤認だ.

図3をご覧いただきたい.これは(2000年→2010年にかけての10年間の),主要先進国中の人口増加率「ワースト10カ国」のGDPの増加率である.日本は確かに人口増加率がドイツに次ぐワースト2の水準で低い.しかし,日本よりも人口増加率が低いドイツは,日本よりも遙かに高い水準で経済成長をしている.そして何よりも重要な事に,このグラフをどの様に解釈しようとも「人口増加率が低い国の方が成長率が低い」というような関係は全然見られないのである.

さらに付け加えると、「少子化」と「高齢化」の傾向が共に強い国として、日本以外にイタリア、スペイン、スイス、スウェーデンが挙げられるが、これらの国はいずれも、日本の約4.0倍~5.9倍ものペースで経済成長を果たしている。

 

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図3 主要先進国中の人口増加率(2000年→2010年)ワースト10カ国の名目GDPの増加率(2000年→2010年).日本だけ突出して成長率が低いことが分かる.

 

 

つまり,「少子高齢化の成熟社会を迎えた日本では,もう,経済成長などできない」等という説は,全くの事実誤認であり,少子高齢化をしている日本に於いても,経済成長が「不可能」だなんてことは,絶対に「無い」のである.

では,どの様にすれば,経済成長が可能なのか───これを論ずるには,残念ながらもう紙面が尽きてしまった.その詳細は例えば拙著『救国のレジリエンス』(文春新書)等に記述しているが,その概要を言えば,「デフレギャップが数十兆円規模で存在している今,金融市場に滞留している金融資産を政府が借り上げ,それを用いた投資を通して産業経済を活性化していく」という方法である.筆者には「この方法を採用したにも関わらず,経済が成長していかない未来」なんて全く想像できないくらいに,日本の経済成長が現実的に「可能」であると考えている

もちろん、多くの国民は「今の日本政府はこれ以上負債を拡大できないのでは?」という疑問を持つことだろう。しかし、①日本国債は自国通貨建てで、ユーロ国債を発行しているギリシャ等とは根本的に違うという事実、②日本国債は大半が日本国民が購入しているという事実、③国債の需要が高く、長期金利が低いという事実、④デフレの今、日銀が積極的な金融政策を行う余地が十分あるという事実、⑤デフレに悩まされた国々は積極財政ではじめてその脱却が可能となったという歴史的事実、等を踏まえる必要はあろう。これらを踏まえれば「これ以上の負債拡大は無理」という説は、必ずしも鵜呑みにはできないという事実が浮かび上がることとなろう。

いずれにしても,筆者の目から見れば,「少子高齢化の今,増税は待ったなし」論の理論正当性は「皆無」に等しいのだ.こうした筆者の議論に疑義があるのなら,読者自らが検証してみてもいいだろうと思う.

兎に角,筆者としては,賢明な読者には世間に流布された俗説に惑わされないことを願いたいだけなのだ.

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