京都大学 都市社会工学専攻藤井研究室

京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻
交通マネジメント工学講座 交通行動システム分野

維新八策に仕掛けられた「パック効果」の罠

日刊ゲンダイ,2012.10.19

日本経済の「虚」と「実」~新聞報道に騙されるな!~⑯

維新八策に仕掛けられた「パック効果」の罠

京都大学大学院教授 藤井聡


認知心理学では,「パック効果」というものの存在が知られている.

ある人物に嫌いなものAを見せ,これを避けるのにいくら払いうかと聞くと「一万円」と答えたとしよう.続けて,別の嫌いなものBを見せた時に同じく「一万円」と答えたとしよう.

この時,AとBを同時に見せて「AとBを避けるのにどれだけ払いますか?」と聞いたら,彼はいくらと答えるだろう?本来なら,一万円と一万円の合計の「二万円」と答えるはずだ.しかし多くの人々はそう答えない.「まとめて」提示されれば,例えば一万三千円,場合によっては八千円等と答えてしまうのである.これが「パック効果」と呼ばれるもので,「一纏め」にされた時の心的インパクトは激しく薄められ,別々に提示された時の心的インパクトの合計よりも遙かに小さくなるのである.
意図的か否かは別として,橋下氏がこの度公表した,あらゆる施策をパッケージ化した「維新八策」は,明確にこの「パック効果」を活用するものとなっている.

その代表が「TPP」だ.

TPPと言えば昨年国論を二分した大問題だ.TPPに加入すれば世界最大の経済大国アメリカの超大企業が日本のあらゆる市場に進出し,数多くの中小企業が潰れ,今日の不況がより決定的に進行し,多くの国民が激しい格差社会に叩き落とされる.加えて,食や医療の安全安心も蝕まれ国民皆保険も崩壊する.こうしたリアルな危惧意識の下,国民の概ね半数が「反対」を表明しているのがTPPだ.

だから合理的に考えるなら,TPPの推進を明瞭に謳い上げている維新八策に対して,少なくとも国民の約半分を占めるTPP反対者は全員「反対すべき」なのだ.

しかし八策の中にTPPがパックされた事で,TPPに対する反発が一気に薄められている.結果,国民は維新八策に対して,TPPに差し向けた程の強い反発を一切差し向けてはいない.

何と愚かしい話なのだろう.

もちろんパック効果の存在は,人間の愚かしさを証明するものではある.しかし「政治」とは本来,そんな人間が持つ本来的な愚かしさを乗り越えるために存在するものではなかったのか.

今一度,我々はそうした当たり前の事を思い起こさねばならない.さもなければ,維新八策によって我が国は取り返しの付かぬ巨大な国益毀損を被ることは,残念ながら火を見るよりも明らかなのだ.