藤井聡:中央集権を語る事を恐るべからず、(2011年1月17日執筆オリジナル版).
2023.07.05
(2011年1月17日執筆オリジナル版)
中央集権を語る事を恐るべからず
京都大学大学院教授 藤井聡
「中央政治をぶっ壊す」という主張
近い将来に危惧されているさらなる世界大恐慌,そして,日本を直撃するであろう平成関東大震災や西日本大震災の危機を見据えた時,日本に今求められているのは,それらの危機にも耐え忍ぶ事ができる「強靱さ」(レジリエンス)を措いて他にない.
しかし今,そういう「強靱化」とは真逆の方向の国家の「脆弱化策」とでも言いうる議論が,喧しく論じ立てられている.
「地方主権」である.
これは長らく言われ続けてきた「地方分権」の流れを受けて,民主党が先の衆院選で掲げたスローガンの一つである.そしてこの旗印は今では,現大阪市長の橋下氏率いる「大阪維新の会」により過激な形で引き継がれている.
その「過激さ」は,橋下氏のブレーンを務める上山慶応大学教授の「大阪維新」という書籍からも伺える.
詳細は本書をご覧頂くしか無いが,氏は「民主主義は市場原理の応用」と解説する.その上で,「日本における政治の課題は今や社会問題の解決,つまり教育・医療・福祉の充実が最大のテーマ」であるのだから,「ますます住民に近い自治体の役割が大きく」なる一方で中央政府は多くの問題を抱えて停滞している,だからこそ「今の日本の課題は,小泉流に言うと『中央政治をぶっ壊す』ことなのです」と断定する.
この主張に強く同意する人々が我が国に一定おられることを筆者も理解しているが(そもそもこの新書はベストセラーだ),その一方で,そのあまりの「過激さ」故に,俄に信じがたい思いに目を疑った読者もおられるのではないかとも思う.しかし,この本は維新の会の公式ホームページにて,「基本的な思想やこれからの具体的政治指針は、上山信一著『大阪維新』に記されております」と紹介される程の,文字通りの維新の会の政策理念なのである.
「維新」の果てに失われる国民の安寧
無論,この基本理念に基づく諸政策によって,日本国民に安寧と幸福がもたらされるなら,筆者も含めた全国民が橋下氏を強力に支持しつつ「中央政治をぶっ壊せ」との声を挙げねばならぬであろう.しかし,筆者の学者生命を賭して断定するが,「中央政治をぶっ壊」した時に国民にもたらされるのは安寧や幸福などでは絶対にない.
そもそも,今の政治の最大の課題は,教育・医療・福祉の充実だけではない.それらが重要な課題であることは論を俟たぬところであるが,それらはいずれも地震も恐慌も国際紛争も何もない「平時」の時の課題だ.しかし人間社会では,平時のみでなく様々な「有事」が勃発するものなのである.リーマンショック然り,東日本大震災然り,尖閣問題然り,そして,これから日本を直撃するであろう平成関東大震災や西日本大震災然り,である.これらの問題は,いずれも一つの自治体や地域で対応できるようなものではない.それらは国家全体に襲いかかる国家規模の問題なのであり,中央政府の力が不可欠なのだ.例えば東日本大震災の時に大きな力を発揮した「自衛隊」も「地方整備局」は中央政府そのものであったし,震災復興のための大規模な予算は,強大な中央政府の力が不在であれば調達不能であった.
そもそも狭い地域の中で巨大災害は滅多に起こるものではなく,したがってその対応ノウハウは各地域には必ずしも蓄積され得ない.その一方で,日本全土では数年に一度の頻度で巨大災害は起こる.だから結局は中央政府にしかその対応ノウハウは蓄積され得ないのである.だからこそ例えば,「地方整備局を解体する様な道州制」が成立すれば,全国各地の震災対応が「脆弱化」してしまう事は避けられないのである.
さらに言うなら,そうした有事は「市場原理」で太刀打ち出来る様なものでもない.そもそも,人類の歴史が証明し続けている様に,人間社会には「市場の論理」のみならず「統治の論理」も存在しているのだ.そして,こうした様々な「有事」に対応するためには,市場だけでなく「統治の論理」を持ち出さねば如何ともしがたい.例えば,カネだけで集められた傭兵のみで構成される軍隊が,明確な国家意識を携えた諸国家との有事に勝利し続ける可能性は針の先ほどにも無い.
中央と地方の「敵対」から「協調」へ
兎に角,「中央政府をぶっ壊し,地方分権すべし」という主張は,「地方自治体をぶっ壊し,中央集権すべし」という主張と同じ程に愚かしいものなのだ.長きに渡って日本国民が安寧の内に暮らし続けることができる様な,強靱で,強くしなやかな地域づくり,国づくりを目指すのなら「ぶっ壊す!」などと叫びながら地方と中央とが「敵対」するのではなく,地方と地方,中央と地方が互いに「協力」せんとする態度の下,一つ一つの具体的な項目について,専門的,俯瞰的,総合的な見地から,さながら(かつてウェーバーが主張した様に)絶望的とも思える程の堅さを持つ岩盤に穴をこじ開けるが如くの真剣さとねばり強さでもって,地方と中央の適正な協調のあり方を探り続けねばならないのである.