正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ
2023.07.05
日刊建設工業新聞 所論緒論2010年 2月10日
正々堂々と「公共事業の雇用創出効果」を論ぜよ
京都大学 藤井 聡
我が国の公共事業の政府発注額は90年代半ばピークを迎えていたが,その背景には,貿易赤字に悩むアメリカからの要求をのむ形で「内需拡大」を日本政府が約束したという裏事情があったことは良く知られた事実である.すなわち,米国との約束を果たすための一つの道具として,数十兆円にも上る大口の内需を創出する能力を持つ「土木業界」に白羽の矢が立てられたのである.ところが日本経済の景気が低迷し,内需拡大を望む外圧が低下した90年代中盤以降,政府の公共事業費は低下し,現在では公共事業の政府発注額はピークに比べて約4割も落ち込んでいる.
つまり,90年代の土木業界の好景気は「土木行政内部の論理」によるものというよりはむしろ,政治的な「外的理由」でもたらされたという傾向が少なくはなかったのである.
こうした事情の中,雇用創出を軸とした公共事業の「マクロ経済効果」(あるいは,事業効果・フロー効果)を議論することが,土木政策論の中で徐々に「タブー視」されるようになっていった.なぜなら,政治的な理由で肥大した公共投資額を正当化するために,「もし仮に雇用創出などのマクロ経済効果が一切無かったとしても,それでもなお公共事業が必要なのだ」というロジックが求められたためであった.その結果,土木政策論の議論の俎上からマクロ経済効果が徐々に外されていき,「世界にも類例無いほどに公共事業の効果を過小評価するような,一切のマクロ経済効果を考慮外とした,限られた評価便益項目しか考慮しない“費用便益分析”(B/C)手法」が実用化されるに至ったのである¾¾¾.
今振り返るなら,こうした経緯の中で,土木行政がマクロ経済効果を論ずることを忘れていったことは半ば致し方なかったことなのかもしれない.
しかし,それこそが,今,大きな国家的問題をもたらしているのだという事実を,我々は知らねばならない.
今や世紀に一度とも言われる大きな経済不況が訪れ,かつてない程に失業率は高まりを見せ,我が国は世界で唯一の「デフレ」国家となってしまった.時代は90年代から大きく変わったのである.こうした状況では,公共の利益のために必要なのは「雇用創出」を含めたマクロ経済政策なのであり,そのための抜本的な「内需の拡大」こそが,今,喫緊の国家的課題となっているのだ.
そう考えるなら,今こそ我々は公共事業による雇用創出効果を含めたマクロ経済効果を,改めて論ずべきなのではないだろうか.そしてそうした効果を,まるで恥ずかしいことを口にするかの様に言及するのではなく,正々堂々と力強く発言していくことこそが,今,真に国家公共に資することなのではないだろうか.
もちろん,そうした議論のためには,経済産業行政を含めた経済産業界との対話を忘れてはならない.しかしそれと同時に,土木建設業界不況の今日にあってすら,建設土木業界は日本の全雇用の約9%を担い,かつ,日本のGDPの約6%にあたる30兆円という内需を創出しているのだという事実もまた,忘れてはならない.この雇用も内需も,日本の経済を牽引するものと目される事が多い自動車産業のそれら(雇用については約8%,GDP比については約3%)を上回る水準にあるのである.
無論,筆者は経済の為に無駄なものを造れと叫んでいるのではない.社会に資する社会資本は,その整備と運用管理の過程で大きな雇用とマクロ経済効果を生み出す“力”を持つのだという事実を真摯に冷静に受け止めるべきなのだと主張しているのである.土木は,地域と国土のみならず,「日本経済」を支えるものでもあるのだ.我々はその誇りと責任感を持たねばならない.