増税を正当化する「税収弾性値」を巡る虚事
2023.07.05
日刊ゲンダイ,2012.8.31
日本経済の「虚」と「実」~新聞報道に騙されるな!~⑨
増税を正当化する「税収弾性値」を巡る虚事
京都大学大学院教授 藤井聡
本連載ではこれまで「増税」を巡る数々の虚事(そらごと)を指摘してきたが、増税を巡る「学術的議論」の中にも、実に巧妙な様々な虚事が含まれている。今日はそんな「学術的な虚事」の中でも、とりわけ深刻な問題を及ぼしている事例を一つご紹介したい。
「税収弾性値」を巡る議論である。
税収弾性値というのは、「名目GDPが1%上がったときに税収が何%増えるか」という数値だ。この数値について、政府は今「1・1」という数値を使っている。例えば,昨年暮れに公表された財政制度審議会の報告書にはこの1・1という数値が科“科学的にいい線”として記述されている.これは要するに具体的に言えば、1兆円GDPが増えても0・095兆円程度しか税収は伸びないという事を意味している。
しかし90年代後半に消費税増税をして以後の過去15年間の実データを確認すると、そんな水準を遙かに上回る水準でGDPの増減が税収の増減をもたらしていることが分かる。例えば、GDPの1兆円の変化は0.25兆円(10年),0.31兆円(07年),0.47兆円(04年)の税収の増減に結びついている。そんな数値の平均的な値を統計的に推計した所「GDPが1兆円変化すると税収は約0・28兆円変化する」という、実に政府の数値の約3倍もの値が示された。
これはつまり1%弱程度の成長で社会保障費の自然増分に対応できる事を意味しているのだ。
ところが政府の公式の弾性値に基づくと、その自然増分に対応するためには実に3%以上もの成長率が必要だ、ということになる。
つまり、税収弾性値を低く設定しておけば、「社会保障の自然増分を稼ぎ出す成長を期待することも難しい」ということになる。だから別途社会保障費の必要性を十分喧伝しておけば、後は自ずと「増税するしか無い!」という結論が導かれることとなる。ところが、弾性値が少しでも高ければ「増税なんかよりも、経済成長こそが重要だ」という結論が導かれることとなる。
つまり、「増税したい人」にとっては税収弾性値とは、「事実をねじ曲げてでも低い値にしておきたいもの」なのである。そして実際、上述のように「事実をねじ曲げる」かの様にして低い値が政府の公式値として採用されているのである。
───もちろん、筆者には政府内の増税論者の「真実の意図」を知る術などはない。しかし、税収弾性値を巡る理不尽極まりない以上の議論は、一人でも多くの心ある国民にお伝えする価値は十二分にあるものに違いないと筆者は感じている。