京都大学 都市社会工学専攻藤井研究室

京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻
交通マネジメント工学講座 交通行動システム分野

藤井聡:「大阪復活」と「列島強靭化論」、竹本直一関西21フォーラム基調講演「列島強靭化論」講演録

竹本直一関西21フォーラム賀詞交歓会(基調講演「列島強靭化論」講演録)、2012年1月16日

 

「大阪復活」と「列島強靭化論」

 

京都大学教授 藤井 聡

 

 京都大学の藤井です。この度は竹本先生にこのような機会を頂戴いたしまして、誠にありがとうございます。本日は列島強靭化論についてお話をさせて頂きたいと思います。また今後、関西が、大阪がどのようにすれば発展できるのかもお話ししたいと思います。

 まず「強靭」という言葉ですが、あまり日常会話では使わないかもしれませんが、強くしなやかな国を作りたいという思いです。強靭とは、堅牢強固とは違い、柳に雪折れなしという、「しなやかさを携えた強さ」これが本来の意味ですが、日本はそのような国にならなければなりません。これが「列島強靭化論」です。

 私は昨年の東日本大震災直後、参議院予算委員会にて専門家の立場で参考人公述をさせて頂きました。その時に震災復興、ならびに今後迫りくる超巨大地震に対して、いかに日本国家を強靭にして耐え凌ぐ国にすることができるのかを京都大学藤井研究室で「日本復興計画」としてとりまとめました。これはインフラ論、財政金融論、国防論等々を含んだ国家政策として、今後10年間の日本の予算のあり方の参考にして頂きたいということを専門的見地から公述した内容を含んでいます。中でも本日は、列島をどのように強靭にしていけば良いかというお話をさせて頂きたいと思います。

 では、日本を強靭化するとはどういうことか。現在日本は超巨大地震の連動の危機に直面しています。首都直下型地震、および東海・東南海・南海連動型地震です。これには200兆円規模の列島の強靭化が必要だと考えています。例えば各所に架かる橋でも、高度成長期に作られたものも多く、震度5程度の地震で落ちてしまうような橋もあります。重要な橋が一つ潰れてしまうだけでも、経済に与える影響は大変深刻なものになります。政府は財政破綻にも配慮しながら、財政金融政策を立てていかなければなりませんが、今後10年間で約200兆円規模の財政出動があれば、日本は確実に強い国になれるだろう、というのが我々の研究室で行っている研究の一つの成果でございます。

 また強靭さという意味を持つレジリエンス(resilience)という言葉も近年よく使われ始めています。私は昨年、京都大学にレジリエンス研究ユニットを作り、研究ユニット長を務めています。財界の皆様が作られているCOCN(Council on Competitiveness Nippon:産業競争力懇談会)にレジリエントエコノミー研究会が発足したり、経済産業省内にも一昨年より私が主座を務めさせて頂いている経済レジリエンス研究会があり、産業構造そのものからレジリエントしなければならないということを考えています。

 例えば今回の大津波で、東北の一工場が閉鎖すると、米国の自動車工場の生産性が2割~3割下がりました。これは、自動車産業は強靭ではなく脆弱であったことを示しています。あまりにグローバル化を進めると、平時において効率的でも有事において脆弱な産業構造になります。リーマンショック以降辺りから、経済産業省でもレジリエントなエコノミーを考える動きが起こりました。構造改革や事業仕分け、リストラ、リストラと叫ぶばかりでは体力がなくなってしまう。一見無駄に見える贅肉でも、強さにおいては必要なものになる。ということで、「列島強靭化」とは、インフラの在り方だけではなく、地域社会の在り方や一人ひとりのメンタルヘルスの問題、日本のマクロ経済の問題、日本国家の形そのものの在り方を考えています。、ですから、どうしても広範な対策が必要になるため、10年間で200兆円規模の財政出動が必要だ、と主張しているのです。1年20兆円です。これは90年代の水準の投資であり、今の日本国家であれば、まだこれを行うだけの力は残っています。

 現在の日本のデフレは、公共工事を年間20兆円、10年間200兆円規模で行うことができれば、確実に止まります!絶対に止まります!そして、経済成長を果たすことが可能となります。この経済成長の規模は、小さく見積もってもGDPで600兆円規模、大きく見積もれば900兆円規模になると試算するエコノミストもいます。要するに我が国の命運は、今、公共投資をすることができるかどうかにかかっています。

 一つはこの大不況を抜け出せるかどうか、もう一つは来るべき超巨大地震を耐え凌ぐ国になれるかどうか、そのために「列島強靭化財政出動」ができるかどうか――、我々は極めて重要な局面に立たされています。そしてこの財政出動ができたなら、日本の国防も果されると共に、精神的にも豊かな国になります。つまり、経済的にも防災的にも強くなると、最終的には国防も果たされ、国民の精神的な豊かさにも繋がってくるのです。

 次に、日本列島を襲う今後の超巨大地震についてお話しします。私のデータでは、20年以内に東海・東南海・南海地震が起こる確率は80%、首都直下型地震については、10年以内に起こる確率は95%と考えています。いずれにしても近い将来に巨大地震が起こることは間違いなく、問題は津波の高さが何メートルで収まるかです。大阪では3mの津波を想定して堤防が造られています。M8規模の地震で大体3mと言われています。これで収まる可能性は十分にあると考えますが、残念ながら東日本大震災は地球規模のすさまじい地震でした。1000年に一度などと言われますが3000~4000年に一度しか起こらないようなすさまじい地殻変動でした。従って、あれだけの巨大な地殻変動が起これば、西日本側も無傷でいられるとは当然考えられません。中央防災会議でも、M9規模の地震が起こる可能性は十分にあると報告されています。

 M9規模の地震が起こった時、現状では残念ながら上町台地を除いて大阪はほとんど水没するのではないかという計算結果が出ています。これを防ぐには方法は一つしかありません。堤防をあと3m高くするのです。あと3m高くするには、土地や液状化対策も必要なので5~6兆円かかります。言いかえれば、5~6兆円の財政出動ができれば、M9規模の地震が来ても、大阪は守られるだろうということです。いずれにしても我々は、大阪がこのような危機にさらされていることに気付かなければなりません。

 また東海地震は、関西にとっても非常に危ない地震だと言われています。ここはM8であろうが9であろうが、新幹線が被害を受ける可能性が高いです。これにより大阪と東京が分断されると、日本の景気は完全にアウトになります。東海地震が起こった翌年には、日本のGDPは350兆円位になるかもしれません。日本が韓国と同程度の国になるかもしれません。ですから私は、国債を発行してでも10年以内に第二東名や中央リニアを急いで整備しなければならないと考えているわけです。

 中央リニア新幹線の建設には公費の投入も議論されていますが、現在はJR東海が私費で作ろうとしています。そうなると造るのに時間がかかります。東京―名古屋間を15年位かけて作り、そこでしばらく儲けて、儲かったお金で名古屋―大阪間を造ると、更に10年位かかります。これが何を意味するか――大阪の凋落はその10年の間に決定付けられる、ということです。日本の歴史の中で、もう二度と大阪は東京と並び称される西の二つ目の大都市であった、と言われない地域になり下がります。

 東京―名古屋間が40分程度で移動できれば、地下鉄で市内を移動する程度の感覚です。それで両都市はものすごく発展する中、大阪は一人で経済的な地盤沈下を続けます。リニアが通ると新幹線の頻度が下がります。そうなると、大阪から東京に行くのに一番早い方法は、名古屋まで新幹線で行き、名古屋でリニアに乗り換えるという形になります。都市間において乗り換えは極めて深刻で重要な問題を引き起こします。それから10年後、ようやくリニアがやってきた頃には、大阪は修復不可能な状況になっているでしょう。

 大阪が凋落して東京が発展した理由には、日本の新幹線網にもあります。東京は東海道、東北、北陸、上越、山形新幹線など、全ての地域から大量の人をかき集めてくるようになっています。新幹線網で恩恵を多く受けるのは地方より東京です。今回九州新幹線が開通して、大阪が儲かっているのをご存じでしょうか。専門用語では「根元需要」と言いますが、JR西日本の当該新幹線路線の収益が2~3割も増えています。

 いずれにしても東京は様々な方面から新幹線が繋がれてきているのですがが、大阪の新幹線網はそんな東京と違い、単なる通過駅の1つになっています。新大阪の立地も都心部から少し離れている。これが大阪の凋落をもたらしている重要な原因の一つなのです。ではこれをどのように解消したらよいか――北陸新幹線を通し、伯備線を新幹線化し、岡山から瀬戸大橋に新幹線を通せば、東京、九州、四国、中国といった各方面から、多くの人を「かき集める」ことができるのです。これに約2~3兆円の投資ができれば、大阪は10年後に昔のような輝きを取り戻すことができるのです。

 更に大阪が発展するために必要なことは、先ほど申し上げた6兆円程度の財政出動により堤防を作ることです。大阪が生き延びることに加え、乗数効果により、そのお金が大阪圏内で1回も2回もぐるぐる回り続けて、それだけの富が皆様に戻ってくるのです。公共投資とは、1回造って借金ができるのではなく、経済を拡大させます。今はそれしか方法がありません。大阪にヒト・モノ・カネを集めるというセリフはよく聞きますが、これを行うのに行政機構のシステムの形態なんて全く関係ありません。新幹線やリニアを早急に造ること、それが、ヒト・モノ・カネを集める起爆剤になるのです。それと並行して5~6兆円の財政投資をしてぐるぐる回していけば大阪は甦ります。公共投資をして盛り上げれば、民間投資は勝手に進みます。是非大阪の先生方、財界の皆様方のお力で、もう一度21世紀の大阪が東京に伍するような大都会になって欲しい。それを実現するには、このようなスケールの国土計画が必要なのです。国家的に大阪を盛り上げようではありませんか。必要な資金は10兆円で十分です。1年間1兆円で十分です。これで大阪は確実に盛り上がりますし、超巨大な津波が来ても、皆が生き延びられるでしょう。是非明るい未来のために竹本先生を中心に皆様に頑張って頂きながら、大阪を盛り上げて頂きたいとご祈念申し上げて、終わりにさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。

 

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京都大学教授 藤井聡氏【プロフィール】

 京都大学大学院工学研究科(都市社会工学)教授

 1968年奈良県生まれ。京都大学卒業後、同大学助手、助教授、東京工業大学助教授、教授を経て、現職。専門は国土計画論、公共政策論、土木工学。社会的ジレンマ研究で土木学会論文賞、文部科学大臣表彰若手科学者賞、および日本学術振興会賞、『村上春樹に見る近代日本のクロニクル』にて表現者奨励賞、『モビリティ・マネジメント入門』にて交通図書賞等、受賞多数。著書は『列島強靭化論』『公共事業が日本を救う』『なぜ正直者は得をするのか』『社会的ジレンマの処方箋』『土木計画学』等多数。表現者塾(西部邁塾長)出身。