2012年を,TPP否決による日本の独立元年にすべし、『日本の進路』233号、pp. 8-9, 2012.

『日本の進路』233号、pp. 8-9, 2012.

※本稿は、「広範な国民連合第19回全国総会寄稿メッセージ,2011.11.19」に加筆、改題したものです。

2012年を,TPP否決による日本の独立元年にすべし

京都大学大学院教授 藤井聡

 

 TPPへの参加は,日本国家の国柄や国益を考えた時に,絶対にあってはならない判断です.このことは,例えば特定の数学の命題を証明する方法には幾通りもの方法があるように,幾通りもの方法で論証することが可能です.

 第一に,TPPは国益に叶うものでなければなりません.国益とは,特定の人々の利益を言うのではなく,日本国家全体,日本国民全体にとっての利益をいうものです.つまり,日本の国民国家全体にとってのメリットとデメリットの双方を勘案して,総合的に判断しなければなりません.そしてメリットは輸出を増やすことですが,日本の輸出依存度は低く(GDPに対する輸出総額の割合はわずか14%),かつ,その内,TPP加盟諸国への輸出量はさらにそれよりも小さなものです(例えば,TPP加盟諸国の経済圏の大半を占める米国ですら,対米輸出は日本のGDPの2%にしか過ぎません).ですから,TPPによる経済的メリットは,一部の輸出企業においてはあったとしても日本国全体にとってみれば,僅少であることが「予期」されています.一方,デメリットは,食料自給率の低下,地方零細農家の崩壊,食の安全の崩壊,日本の医療の崩壊,国民皆保険の崩壊,デフレの進行による国内全産業の失業率の向上と国民所得の低下などが「予期」されています.つまり,TPPは,特定の企業ではなく「国民国家全体」として見たとき,メリットは「僅少」である一方で,デメリットが「甚大」であると「予期」されている訳です.こうした「見通し」の中における理性的,合理的,常識的な判断は明らかに,TPP「不」参加だと論証することができるでしょう.なおこれはいうならば経済的論証方法ということができるでしょう.

 第二に,TPPに加盟したとしても,日本は,各種の交易ルールを日本にとって有利に進められる見込みが低い,という論証方法も可能です.そもそも,TPP交渉が始まって長い年月が掛けられており,米国が途中参加してから既に2年が経過しています.その一方で,日本が「今」参加表明をしても,「実際に参加」できるのは,米国の国内法の関係から「来年の5月」前後となるだろう言われています.そして,TPPの協議を進めている9カ国は,「来年の夏」までに,交渉を終了すると明言しています.つまり,何年にも渡るTPP交渉期間の僅か数ヶ月しか,日本は交渉に実際には参加できない見込みが考えられます.仮に,日本が交渉参加を表明することで,交渉終了期間が延期されたとしても,これまで何ヶ年にも渡って「日本抜き」で議論されてきた内容が,大幅に改変される見込みはほとんど考えられません.以上より,TPP交渉に今更加入しても,日本の国益に叶う様に交渉を進められる見込みは低いと言わざるを得ません.したがって,万が一つにでも多国間の自由貿易協議を進める事を是とするとしても,TPP以外にも多様な枠組み(例えば,ASEAN+6や,各国との二国間協議,FTAAPなど)が考えられる中では「TPP」それ自身が我が国の国益に叶うとは極めて考えがたい状況です.以上より,TPP「不」参加こそが,合理的な判断だと論証できます.これがいわば,政治的手続きの観点からの政治的論証法ということができるでしょう.

 第三に,TPP交渉参加を進める政府の「意図」の点から,TPP不参加が,我が国の国益に叶うものではなかろうということも,論証可能です.毎日新聞は,政府が作成した「内部文書」の中に,「日本政府は,選挙対策に苦しむオバマ大統領に歓迎されるが故に,APECにてTPP参加表明をすることが得策だ」という趣旨が明言されているという事実を「リーク」しています.しかも,「それでは国民の反発を買う可能性が危惧される一方で,2013年夏の総選挙まで相当の時間があるため,それほど大きな問題とはならない」,という趣旨まで記載されていると報道されています.つまり,「国民は反発するが,オバマ大統領の選挙対策にとって利があることであるから,TPP参加を進めるべし」,という文書を政府がとりまとめていることが「発覚」した訳です.この事実は毎日新聞以外では報じられていませんが,この記事によって,その文書作成に関わったTPの藤木事務局次長が辞任したことが一部にて報道されています.しかし,その報道でも,上記の毎日新聞の内容が如何なるものであったのかは全く触れられていません.いずれにしても,アメリカの選挙対策のために,ひいては“現”日本政府と“現”米国政府との間の良好な関係を保つために,日本の国益の棄損に大きな憂慮の念を抱く日本国民の反発を買ってでも,TPPを推し進めようとしているのが,政府の「意図」であることが,上記報道から伺い知る事ができます.この点から,政府がTPP推進をしているのは,日本の国益の増進を企図したものではない,という疑義が大いに浮かび上がることとなります.この政府の「意図」に関する考察からも,「現政府によるTPP推進」の判断が,国益の観点から「不当」であるものにしか過ぎないという可能性が極めて濃厚であることが明らかとなります.これが,政府のTPP推進の判断に,日本国民は毅然と反対しなければならないことの,第三の「倫理的論証方法」です.

 この様に,TPP参加は,経済的にも政治的にも,そして倫理的にも全く不当な判断であることが論証できる訳です.TPP参加の不当性がここまで明らかに論証可能である以上,これらの3つの論証が全て同時に覆されることでも無い限り,それを推し進めようとする勢力に対して反し続けることこそが,国民国家日本に生きる日本国民としての,正しき真っ当な善き振る舞いだと言わねばならないでしょう.言うならば,そうした振る舞いこそが日本国民であることの「証」とすら言いうることもできる程に,我々は今,日本の国民国家の国益と国柄を守るための重大な分岐点に立っているわけです.何としてでも我々は,そうした真っ当な善き振る舞いを続けることを断念してはならないのです.

 ところが,2011年のAPEC以降,マスコミ世論においては,一部の例外を除いてほとんどTPPが取り上げられなくなってしまいました.そして,多くの国民が,「このまま日本はTPPに参加するのだろう」という様な気分になっている節さえ伺えます.

 しかし,現実には,「アメリカをはじめとした諸外国の日本のTPP参加の了承」があり,「日本の正式な交渉参加決定」があり,最後には,「国会での条約の批准」の段階があるのです.たしかに,これまでの慣例にならうなら,日本は交渉をはじめた条約において,その交渉から途中離脱した経験を持ちません.いわば,十分な主体性が無いままになし崩し的に事を進めてしまうというのが,日本の条約締結の慣例だったのです.

 しかし繰り返しますが,現実には,TPP参加は決まったものでも何でもありません.TPP不参加こそが,日本の国益と国柄,日本国民の普通の暮らしを守るためには何としてでも求められている以上,2012年はTPP不参加を決定する年にしなければなりません.これまで,米国を含めた諸外国は決して日本国民の安寧や日本の平和など希求などしていないにも関わらず,日本は,さながら彼等は善意の固まりであるかの様に信じ込んで来たかのように無防備に振る舞い続けてきました.しかし第二次大戦が終わって早くも65年以上も経過した今,もういい加減,米国の戦略的な振る舞いを含めた世界情勢を冷静に直視し,真っ当な決断をせねばなりません.TPPが国民の安寧を棄損する危惧を重大に抱えたものである以上,それを国民の総意の下で否決することができるのなら,その否決そのものが,戦後日本人にとって一度たりとも下すことが出来なかった「真っ当な国際的判断」を始めて下すことができる最良かつ始めての機会となるでしょう.そしてそうした真っ当な判断があってはじめて,我が国は真の独立を,始めて手にすることができる契機を得るのです.そうであるからこそ2012年は,戦後日本人がTPP否決を通して真の独立を勝ち得るための「元年」とすべき年であるに違いないのです.

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