なぜ今、日本はTPP交渉「不」参加を決断すべきなのか

日刊建設工業新聞(所論緒論),11.1,2011.

なぜ今、日本はTPP交渉「不」参加を決断すべきなのか

京都大学 藤井聡


2011年10月現在、政府はTPP参加に向けて、積極的な検討を進めている。そして、11月のAPECに向けて、交渉参加するか否かについての議論が大手メディアを中心に盛んに議論されている。

TPPを巡る今の情勢は、客観的な視点から見れば大変興味深いものだ。報道によれば、全国会議員の約半数がTPP反対の請願に関わっているらしい。国会議員は日本国民の代表であるとするなら、この事は日本国民の相当数がTPPに反対していることを意味している。そうであるにも関わらず、(地方紙や業界紙を除く)大手メディアは明確にTPP推進を打ち出している。つまり大雑把に言って、国民が反対しているのに政府とメディアが躍起になってその反対を押さえつけようとしている、という構図となっているのである。

そうしたTPP推進の人々の典型的な主張は次のようなものだ。「日本は貿易立国なのだからTPPには大きなメリットがあるし、交渉にはいち早く参加した方が有利だ。それに、もしもデメリットが大きいという事が分かれば、その時点で不参加を決めればいい」。推進派は、とりわけこの最後の「場合によっては最終的には参加しなければ良い」という点を強調し「まずは交渉参加を」という世論の形成を促そうとしている。

しかしよくよく考えてみると、一旦交渉に参加した上で、最終的に正式参加を見送る事は、極めて困難であることが分かる。

そもそも日本にTPPへの参加を持ちかけたアメリカは、日本が「交渉参加」すれば日本の「正式参加」を大いに期待し、交渉の過程で様々な機密性の高い情報を日本に提供することとなる。そうなった時に日本が「やっぱり、やめた」となれば、日米関係が大きく棄損することは必定だ。そうなれば現時点でTPPに反対している国会議員ですら、日米関係の悪化を恐れてTPPへの正式参加に反対することが困難となることも明らかだろう。

すなわち、一旦交渉参加してしまえば、日本がTPP参加について米国に対して「NO」と言えなくなる危険性が極めて高いのである。

これを考えれば「まずは交渉参加して様子をみれば良い」という推進派の物言いは、虚偽的な側面を濃厚に含むもの、あっさり言ってしまって“だまし文句”に近いものだ。

したがってTPPの交渉参加を決定するのは、「正式参加の覚悟を持った場合」に限らねばならないのである。

では日本は今、「正式参加の覚悟を持つべき」なのかと言えば、その答えは明確にNoだ。

そもそも、これだけの円高ドル安下での関税障壁を撤廃すれば、輸出を伸ばす事ができるのは、明らかに、日本ではなく通貨の安い大国、すなわち米国だ。

さらにTPPは、農業のみならず公共調達や医療等の24にも渡る広大な領域の自由防貿易を促進するものだ。そうなれば、国内の各種市場が海外に開放され、国内産業に大きなダメージがもたらされる危惧が十二分に考えられる。例えば、公共事業の国際競争入札案件の最低基準が、現状の半分から三分の一になることが予期されている。そうなれば、縮小され続けた我が国の公共事業の市場に外資企業が参入し、地方の建設業が壊滅的な被害を受ける可能性も現実的考えられる事となろう。

「正式参加の覚悟を持つべき」と声高に主張するなら、少なくともこれらの危惧が無い、あるいは、限りなく小さいことを明らかにせねばならぬはずなのだ。しかし、これらの危惧に対する明確な反論を、筆者は一度たりとも耳にした事がない。

そうである以上TPPについては、一人でも多くの国民に、大手メディアの論調に惑わされない理性的な判断をなされんことを祈念するしか無い。とりわけ建設関係者は皆、大手メディアがどれだけ真実から乖離した報道を繰り返してきたかを、知悉しているはずなのだから───。

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