藤井聡:国民の力で「強靱化基本法」を制定すべし
2023.07.05
「日本の公共事業2012」(準備中)
国民の力で「強靱化基本法」を制定すべし
京都大学大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡
社会資本整備が国家に及ぼす巨大な影響
社会資本整備というものは,その規模の大きさ故に,凄まじい影響を,一国の経済,社会,そして歴史に及ぼすものである.すなわち、
1)その整備された社会資本が及ぼす影響(施設効果)
2)巨大な財源調達による,「金融市場」に及ぼす影響(金融効果)
3)巨大な財政出動による,「マクロ経済」に及ぼす影響(事業効果)
という3つの効果を,「日本国家」に及ぼす。
例えば、新幹線のケースで考えてみよう。
「施設効果」とは、新幹線が開通することによって、人々の流れが変わり、駅周辺に様々な民間投資が進み、経済が活性化していく、というような効果だ。
「金融効果」とは、新幹線を整備するための何千億、場合によっては数兆円という規模の巨大な財源を調達することで生ずる、金融市場へのインパクトだ。具体的に言うなら、長期国債の金利が上昇したり、あるいは、それを押さえ込むために日本銀行の積極的な金融政策が展開されて、金利が上昇しない一方で、マネタリーベースが上昇するという効果が生ずることも考えられる。さらに言えば、それを通して、多くの国民の安寧と幸福ある暮らしを蝕み続けているデフレ傾向が緩和され、場合によってはデフレが脱却するという効果も考えられることとなる。
最後の「事業効果」というのは、そうやって調達された数千億円、数兆円という莫大な財源が、整備に間接直接に携わった民間企業に支払われることによる、経済効果だ。それら民間企業は、一気に収益が向上し、その収益を様々な局面の消費や投資に差し向け、経済全体が活性化し、上記と同様、デフレ不況が改善されていくという効果が考えられるわけである。
停滞する社会資本整備
これら3つの効果は、いずれも国家規模の、極めて巨大なものである。
それ故,社会資本整備という行政,さらに言うならば,それを決定する政治においては,この3つの効果をそれぞれ十二分に理解した上で,日本国家にとって「最善」の道を,その時々の状況を大局的に勘案しながら選びつづけていくことが求められるのである.
しかし───.
これらの3つを十分に理解している人物は,我が国日本の中にほとんど存在していないのが実態だ.なぜなら、「専門家」と呼ばれる人々は、それぞれの効果を個別に研究したり分析したりする一方で、それら全てを俯瞰的に眺めようとは必ずしもしていないからである。そしてその煽りを受けて、この3つの効果を十分に見据えた上で社会資本整備が進められていない、という傾向が年々強まってきてしまっているのである。
とりわけ、「コンクリートから人へ」というスローガンが闊歩するような今日の世論環境の中では、施設効果も、金融効果も、事業効果も、いずれも積極的に、肯定的に論じられることがほとんど無くなってきたのが現状だ。
そして,そんな状況の中で,一般の世論に於いて最も理解が進んだ「今の日本は財政危機にある」という,それ自体,大いなる勘違いにしか過ぎない疑義が濃厚な「思いこみ」に基づいて,社会資本整備が二進も三進も行かなくなってしまった───のである.
「国土強靱化基本法」に見る希望
とはいえ,この国にもう未来などない,というわけでもない.
我が国にも,確かに「希望」は存在している.
平成24年6月4日,本稿にて論じている社会資本整備の「施設効果」「金融効果」そして「事業効果」の三つを見据えた「基本法」として,「国土強靱化基本法」が議員立法で国会に提出された.
この基本法は,「社会資本整備」の考え方「のみ」をとりまとめたものなのではなく,これから迫り来る首都直下地震や東海・南海・東南海地震に対して,日本国家としてどの様に立ち向かい,国家としての「強靱性」(レジリエンス)を確保するのか,ということを俯瞰的な視点からとりまとめた,文字通りの「基本法」である.
その基本的な考え方は,想定被災地の耐震強化,津波対策を進めると共に,想定被災地から,非想定被災地(例えば,北海道,日本海沿岸域,九州等)への「分散化」を果たそうとするものである.そして,そうした「強靱化」を国民運動として展開していくために,あらゆるハード政策のみでなく,ソフト政策を展開していこうとするものだ.
この基本法は,「施設効果」についての記述が中心となるが,その議員立法を目指す(諸)政党の政策方針を一瞥すれば,「金融効果」「事業効果」を見据えた基本法の運用を果たすことを念頭に置いている事は明白である.
つまり,「専門家」の業界においては,社会資本整備の「施設・金融・事業」の三大効果を包括的俯瞰的に眺める視点が消滅しかかってはいるものの,「政界」においては,そうした三大効果を過不足無く眺めながら,日本国家にとって最善の道を選択せんとする意志が,間違いなく存在していたのである.
国民の力で「強靱化基本法」の制定を
さて、もしもこの基本法が成立すれば(あるいは,万一この基本法の成立が失敗に終わったとしても,同様の趣旨の法律が成立することがあるなら),現在の政府が制定している「社会資本整備重点計画」や、これまでの国土計画の系譜を引き継いだ「国土形成計画」にも大きな変更が加えられる事になることは間違いない.なぜなら,国土強靱化基本法はその性質上,現状の社会資本整備重点計画や国土計画の「上位」に位置づけられるものとならざるを得ないからである.
さらに,本法案の制定,ならびに,その運用において重要な特徴は,国土の強靱化のために求められる必要な予算規模やその財源調達方法を,法律の中に“明示化”することが検討されている点にある.
これはすなわち「社会資本整備」というものを,国土交通省が所管する限られた領域の取り組みとして捉える捉え方から,施設・金融・事業という三視点を全て含む形で,より包括的,俯瞰的な視座から捉える捉え方へと大きく転換していくことを意味している.それ故,この基本法を制定することができるなら,「我が国は,来たるべく巨大地震に対しても,強く,しなやかに堪え忍ぶ事ができる「強靱性」(レジリエンス)を獲得し,かつ,それを通して,15年にわたって悩まされ続けてきたデフレ不況から脱却し,大きく豊かな国へと生まれ変わっていくのだ」────という「大局的思想」が「社会資本整備」に吹き込まれることとなるのである.
つまりは,社会資本整備の背骨となる思想哲学を国家として認定する───これこそが,国土の強靱化を果たさんとする基本法の制定における,最も重要な意義なのである.
いずれにしても,我々日本国民は今、首都直下地震や南海トラフ地震という、最悪で50万人を越える死者と500兆円をも上回る超巨大被害が想定されている超巨大地震の連発の危機に晒され、かつ、既に何十万人にも上るとすら言われている自殺者をもたらした平成の大デフレ不況下にある日本国家が置かれている状況を大局的な視座から眺めつつ,何としてでも「強靱化」による,
1)適正な社会資本整備に基づく「防災・減災対策」と,
2)適正な財政金融政策に基づく「デフレ脱却」,
を果たさねばならない。だからこそそうした強靱化を果たさねばならぬと得心した日本国民は,この強靱化に向けた「潮流」が途絶えぬように,そして,より適正な流れへと改善しつづけるように,それぞれの立ち位置で,できる範囲の事を,一つずつ積み重ね続けていくことが求められているのである。
そもそも,そうした「潮流」を形づくっているのは,一人一人の我々日本国民に他ならないのだ.万が一にもこの一点を見失った国民国家は,為すべき国土・財政・金融・産業・経済政策を推進すること能わず,ただただ自然の猛威とグローバル恐慌の荒波の中で漂流し,沈んで行く他に途はないのである。
すなわち、我々今まさに、日本国民としての「国民の力」が試されているのである。