強くしなやかな瑞穂の国を造る「国土の強靭化を」

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【正論】強くしなやかな瑞穂の国を造る「国土の強靭化を」

 

 産経新聞,平成23年11月21日


京都大学大学院工学研究科 藤井聡


凄まじい国難に直面する日本(仮題) 

我が国は今あきれ返ってしまう程に巨大な“国難の危機”に直面している。

第一に我が国は,東日本大震災をはじめとする「首都直下地震」「西日本大震災」という超巨大震災の「連発」の危機に直面している.例えば,過去二千年の歴史を振り返れば,今回のような東北沖の巨大地震が発生した時には首都直下地震が「10年以内」の間隔で「必ず」発生している.そして,西日本を中心に巨大な破壊をもたらす東海・南海・東南海地震は,東北沖の巨大地震の四例中実に三例において「18年以内」にて発生している.つまり,あれだけの巨大な地殻変動が生じた場合には,その周辺の断層やプレートの境界面の破断が一気に連動する危惧が極限にまで高まってしまうのだ.そしてそれらの巨大地震は,あろうことか戦後とりわけ肥大化した三大都市圏を中心とした地域を直撃し,被害総額が二百兆円から場合によっては五百兆円を上回る程の破壊が生ずるであろうことが科学的に予期されている.

第二に,15年以上にも渡る「デフレ不況」は日本の国力を蝕み続けている.例えば,過去15年の間に,日本が僅かなインフレを続けていたと仮定するだけでも,恐るべき事に累計で「数千兆円規模」の国民所得を既に失ってきた事となる.それだけの所得があれば財政再建はもちろんのこと,産業,インフラ,防衛,文化といった諸分野での投資が進み,日本の国力は凄まじい水準に達していたことは間違いない.それを思えば国力を蝕むデフレを放置すれば,我が国はもう二度とはい上がれない貧弱国に凋落することは免れ得ない.

第三に,世界経済に目を移せば,米・欧・中のいずれもが深刻な経済問題を抱えており,いつ何時リーマンショックと同様あるいはそれ以上の世界的経済危機が勃発してもおかしくない状況にある.そんな経済危機が勃発すれば、ただでさえデフレ不況にあえぐ日本経済はさらなる打撃を受けることとなる.その上リーマンショック以後,凄まじい不況に悩まされ始めた米国を中心とした諸外国は、「(米国に次ぐ)世界最大規模を誇る日本市場」を虎視眈々と狙い続けている。それにも関わらず日本は、米国等の対日経済戦略に対して「狼に狙われる(うぶ)な小娘」の如くの無警戒な立ち居振る舞いを続けている。

デフレ病の治癒と危機への備え(仮題) 

これらの危機の一つ一ついずれも,国家の存亡に直結するような目眩がするほどに深刻なものばかりだが,それらがあろう事か全て「同時」に迫ってきているというのが今の我が国の壮絶な危機的状況なのだ.つまり我が国は今,国力の源泉たる経済力がデフレという病によって蝕まれ続けている中で,世界経済や大自然からの巨大な「攻撃」の危機に晒されているのである.

このような状況の中でなすべきことは,まずはその病を癒して基礎体力を回復せんとすることだ.さもなければ,数々の危機に対する備えんとすることそれ自体が覚束(おぼつか)なくなるからだ.そしてその上で,具体的な危機の一つ一つを綿密に想定し,万難を排してそれらに対する備えんとすることだ.

すなわち日本は今国家の存続を期して,デフレから脱却して健全な国民経済を取り戻すと共に,災害的,経済的な具体的な危機に備え,しっかりと内を固めねばならぬ局面なのであり,これこそが将棋で言うところの「大局観ある打ち筋」に他ならないのである.

強く,しなやかな国を目指して(仮題) 

そうした日本の総力を挙げた取り組みを一言で言うなら,「国家の強靱化」と言えるだろう.

この「強靱さ」(レジリエンス:resilience)と言う言葉は,様々な外的破壊を乗り越える事ができる「しなやかな強さ」を意味する.それはつまり「想定外の外力」に対して脆くも壊れてしまうような「強固・堅牢」な性質ではなく,「柳の木」の様にどれだけ強い外力が加わろうとも①致命傷を避け,②被害を最小化すると共に,③迅速に回復する様な性質だ.

そうした「強く,しなやかな国,日本」を目指すにあたって中心に据えるべきは,「国土」の強靱化の他にない.

来るべき巨大地震を想定して様々な防災対策を図ると同時に,震災を最小化するための「分散型国土」の形成を図る.それと同時に,国内の経済産業構造の強靱化を果たし,デフレ脱却と日本経済の復活を企図する───こうした日本の総力を挙げた「列島強靱化」こそが,日本が今,巨大地震が現実に発災する迄の例えば今後十年の間に集中的に取り組まねばならぬ「政治の最重要課題」なのだ.さもなければ,連綿と続く瑞穂(みずほ)の国日本の歴史そのものが,終焉しかねぬ状況に我々は置かれているのである.我々は断じて,我々の代で日本の歴史を絶やすようなことがあってはならないのだ.