国民の政治意識を「構造改革」せよ

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日刊建設工業新聞 所論緒論 2009年9月28日

国民の政治意識を「構造改革」せよ

 

京都大学 大学院工学研究科教授 藤井 聡

 

この度の総選挙では民主党が歴史的な空前の勝利を,自民党が歴史的惨敗を喫した.この,戦後初めての政権交代については様々な解説が可能ではあるが,いわゆる「世論」がこの大転換をもたらした,という点については誰もが認めるところであろう.

その「世論」における平均的な国民の気分について,投票日のまさにその夜にあるタレントが次のような印象深いコメントを発していた.

「これまで,自民党に次は何とかしてくれるだろうと思い続けて政権をやらせてきたんやけれど,どれだけ待っても全然ちゃんとやらへんかった訳ですわ.それで“もう,こりゃ,アカン”ということで堪忍袋の緒が切れて,一回,民主党に政権やらせてみようやないか,とみんなが思った,って言うことですよ.」

さすがは,近頃様々なヒット曲をプロデュースしている人気お笑い芸人だけの事はある.大衆の気分を的確に読み,端的にわかりやすく表現したコメントであるように思えた.事実,ある大手新聞社の世論調査によれば,「民主党に政権担当能力がある」と考える人々は少数派であった去年においてすら,「民主党に一度,政権を任せてもよい」という項目に賛同する人々が過半を超えていた.こうした事実は,上述の芸人のコメントが正鵠を射たものであることを裏付けるものと言えよう.

しかしこのことは,われわれが何とも薄気味悪い時代に生きていることを意味しているのだということを,読者の皆様は気づいておられるであろうか.

何よりもまず,上記のコメントは,国民は「俺たちが,政治家に政治をやらせてやっているんだ」と認識していることを意味している.すなわち,平均的な国民の気分の中では,政治家を下僕か何かであると見なしているのである.そうであるなら,政治家なるものは尊敬や敬意の対象では決して無く,侮蔑の念をこめた心持ちで眺める対象にしかならないであろう.国防や社会保障,諸種の公共事業といった多大なる困難を伴う難事の全てを「やってもらっている」という感覚などさらさらなく,ただ「カネ(税金)を払ってやらせてやっている」と感じている,それこそが平成日本の平均的な国民の気分なのである.

その姿は,学校の先生に我が子の教育についてあれこれとヒステリックに言い募る「モンスター・ペアレント」のそれに大いに重なりあう.

言うまでもなく,著しく不正な教育が行われているのなら,親が教育現場に何らかの働きかけを行うことは合理的である.それは,政治家が著しく不当な(まつりごと)を為しているのなら,その行為をやめさせるための努力を為すことに合理性があることと同様である.しかし,「モンスター・ペアレント」と言う言葉は,良識的に許容されうる限度を遙かに超えた異常なる親の振る舞いを言うものである.その振る舞いとは,「学校の先生どもにカネを払って雇って教育をさせてやっているんだ,カネを払っているんだから,私の思い通りに教育をやれっ!」という種類の気分に裏打ちされた,常軌を逸した振る舞いである.その精神は,「政治家どもにカネ(税金)を払って政治をやらせてやっているんだ,カネを払っているんだから,わたし達の思い通りの政治をやれっ!」とばかりに政治家を蔑み続ける精神と,その基本構造を共有している.いわば,今日の多くの平均的な国民は「モンスター・タックスペイヤー」とでも言うべき精神の傾向を持ち合わせるに至ったのである.

そうである以上,改革すべきは政治や行政の構造というよりはむしろ,国民の精神の構造なのではなかろうか.「政権交代」なるものについての大衆的熱狂が支配する今こそ,一人でも多くの国民が,こうした冷静なる認識を携えられんことを祈念したい.