京都大学 都市社会工学専攻藤井研究室

京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻
交通マネジメント工学講座 交通行動システム分野

藤井聡:増税の前になすべきは、支出削減なんかではない!

日刊ゲンダイ,2012.8.3

日本経済の「虚」と「実」~新聞報道に騙されるな!~⑤

増税の前になすべきは、支出削減なんかではない!

京都大学大学院教授 藤井聡

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増税を巡る議論の中で、「増税の前にやるべき事があるだろ!」という意見しばしば主張される。実を言うと、これには筆者も全く同意見だ。例えば「デフレ脱却」なんてものは、増税の前に文字通り「絶対」になさねばならないことだ。そもそもデフレ下で消費税増税なんかすればデフレを悪化させ、結局はかえって税収が減ってしまうからだ。

ところが、驚くほど多くの論者が、増税の前にやるべき事として口にするのが、「政府支出の削減」だ。

もちろんこの意見は、一見大層ごもっともに聞こえる。確かに、政府支出の中に火を見るよりも明らかな「完璧なる無駄」があるのなら、それは削った方がいいに決まっている。

しかし、民主党が行ったかの悪名高い「事業仕分け」の様子を思い起こすだけでご理解いただけるものと思うが「無駄を仕分ける」のは決して容易なことではないのだ。さらに言えば、現状のデフレ下では、政府支出の削減はその項目がどの様なものであれデフレの悪化をもたらし、巡り巡って「税収の減少」をもたらさざるを得ない。

例えば先日、公務員の給料を一律7・8%二ヶ年に渡って引き下げるという決定が下された。これなどは、「復興のために増税をするのだったらその前に為すべき事があるだろ!」という大真面目な議論を経て下された決定だ。

政府は当時、これによって年間約2900億円の財源が確保できると説明した。しかし、この見積もりは完全に誤りだ。なぜなら、実際には給与をカットすれば、景気が悪化し、それによって税収が減ることは明白であるにも拘わらず、そんな効果を完全に無視しているからだ。

実際、マクロシミュレータDEMIOS(宍戸駿太郎先生作成)で算定された各種係数を用いて公務員の給与カットの影響を推計したところ、それによって二年度目の実質GDPが約3900億円毀損し、二ヶ年で1300億円の税収が「減少」するという結果が示された。

つまり、増税の前に政府支出の削減をすると税収は「減る」のだ。

これでは何のために増税なのか分からなくなってしまう。なぜなら「増税の前に、政府支出を削れ!」とのかけ声は「増税の前に税収を削れ!」と言っているに等しいからだ。

兎に角、増税の前になすべきこととは、政府支出の削減などでは断じてないのだ。増税の前に政府が全力を賭して果たさねばならぬ最重要課題は、「デフレ脱却」を措いて他に何も無いのである。