京都大学 都市社会工学専攻藤井研究室

京都大学大学院工学研究科 都市社会工学専攻
交通マネジメント工学講座 交通行動システム分野

藤井聡:今,取り戻すべき「正気」~短期連載(全四回) 「強靱化」で勝つ! (その2)~

自由民主党機関誌 『自由民主』2519号,平成24年7月31日号

短期連載(全四回) 「強靱化」で勝つ! (その2) 

今,取り戻すべき「正気」 

 

京都大学大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡

 

今の日本の世論では,「公共事業」と言うだけで条件反射の様に「無駄だ」「悪だ」「止めろ」という反応が返ってくる.あるいはもう少しマシな場合でも,「全ての公共事業が悪いって訳じゃない」なんて事を枕言葉にしながらも,「とはいえ公共事業なんてものは所詮,利権狙いのシロアリがたかるだけですから」なぞと大真面目に言ってのけられたりする.恐らく多くの読者もそういう光景を,テレビを中心に年中目にしてきているのではないかと思う.

ちなみに筆者は今,とある国際学会の役員としての仕事でカナダのトロントに来ている.ちょうど日本では九州地方を中心とした集中豪雨で,30名を超える死者・行方不明者が出たというニュースがネットから流れてくる中,こちらは何とも穏やかな天候だ.こんな所にいると,日本での議論がまるで全てウソの様な心持ちになってくる.

そんな中こんな想像をしてみた───もし自分がカナダ人で,そして今の日本の公共事業を巡る世論を詳しく聞いたとしたらどんな風に思うだろう───そんな想像だ.

すると,今の日本の様子が,何とも哀しくも滑稽極まりないものとして浮かび上がってきてしまった.

もしも自分がカナダ人だとしたら───恐らく筆者は次のように感じるのではないかと思う.

『そもそも公共事業そのものが全て「悪」だなんて事は,100%あり得ないじゃないか.悪いものもあるかもしれないが,必要なものもあるに決まってるだろ.しかもどうやら日本では,ここカナダとは違って大雨だとか大地震だとかがやってくるらしい.だとしたら「無駄」と呼ばれるものがあるかも知れないし,「シロアリ」なんてのがたかることもあるのかも知れないが,仮にそんな事があり得るのなら「そうならないように」政治家がしっかりと監視すればいいだけじゃないか.そして,日本の人々の命や財産を守るためのインフラ投資を,きちんとやるのが,それこそ日本の政治家の責任だろう.それをやらないなんて政治家が日本にいるとしたら,そいつはひょっとして気でも違っているのではないか?しかも,「シロアリ」と呼ばれる人達を完璧に排除することが難しいということが万一あったとしても,それを理由にインフラ投資を「やめてしまう」なんてのは,愚かにも程があるじゃないか.そんな下らないシロアリ数匹の問題のために,何百人,何千人の命がキケンにさらされ続けるなんてことが許されていいのか?しかも首都直下地震や南海トラフ地震で最悪,50万人が死ぬかもしれないとも予想されているんだろ?にも拘わらず何もしない政治家がいるとしたら,しかも,そんな政治家が日本では平均的だなんてことがあったとしたら,僕は,日本という国に対する見方を根本的に変えないといけなくなってしまう.そんな災害天国みたいな国で災害対策をしない政治家がいたとしたら,はっきりいってそいつは「人殺し」と同じだ.むしろ,何十万人も死ぬことがあり得るわけだから,そんな政治家は人殺し以上の超ド級の極悪人だ.まぁまさか,あの立派な歴史をもった日本がそんな幼稚で馬鹿で愚かな国なんだなんてことは無いとは思うが──.』 

しかし,今の大手メディアを中心とした日本の論調は,そんな「幼稚で馬鹿で愚かな」状況にあることを,ほとんどの日本人が同意するのではないだろうか───.

筆者は思う.

日本は今,巨大地震に立ち向かえる国になるか否かの瀬戸際にある.もちろん,世論環境はスグには変わらないかもしれない.しかし,少なくとも世論が変わらずとも,国を慮(おもんばか)る政治家の先生方は変われるに違いない.公共事業を巡る歪んだ思いこみを捨て,正気を取り戻した上で,「強靱化」に向けた政治判断を迅速に下して行かなければならない.残された時間は限られている.しかし,政治の力でできるだけの事をしておかねば,巨大地震の連発で取り返しの付かぬ状況に日本が追い込まれる事は間違い───.

だからこそ筆者は,一人でも多くの国を慮る先生方の誇りある決断を,「強靱化で勝つ」ための決断を,心から祈念したいのである.