藤井聡:巨大地震に備え「国土強靱化」投資を

Voice, June, 2012, pp. 64-67.

巨大地震に備え「国土強靱化」投資を 

 

京都大学大学院教授・同大学レジリエンス研究ユニット長 藤井聡

 

閉塞感と明るい見通し 

多くの国民は今、将来に明るい見通しを持てない閉塞感の内に生きている。

増え続ける政府債務と少子高齢化、出口の見えないデフレ不況、戦後最高水準に達した円高、千年に一度と言う東日本大震災と福島原発事故、さらには、数百兆円規模の被害をもたらし得る超巨大地震の危機───。

そうした中、多くの国民は今、経済大国日本、技術立国日本は遠い昔の話であって、日本は政治のみならず、経済も技術、二流の国家へと凋落しつつあるのではないかという感覚にとらわれ始めている。

筆者もまた、現在の日本に蔓延したこうした暗い気分を十二分に体感している国民の一人である。しかし、筆者はこうした暗い気分と同時に、次のような明るい確信を心に宿してもいる。

それは、この閉塞感に包まれた状況は、我々日本国民自らの手で、いとも容易く打開することができる、という確信である。

 

今の日本に蔓延する閉塞感の正体は「デフレ」である 

多くの国民は、今、日本がデフレであることを少なくとも朧気には理解している。ただしそのデフレというものが、様々な問題の一つの問題にしか過ぎないという程度にしか認識していないようにも思える。

しかし、その認識は誤りだ。

デフレは様々な問題の一つにしか過ぎないのではなく、あらゆる現代的問題の根底にある最も重大な問題である。

しかし、筆者の研究室調べでは、在京の五大新聞が過去一年間に掲載した全ての経済関連社説851本のうち、デフレに言及しない経済社説は実に92%にも上っている。

こうしたマスコミの論調に象徴されるようなデフレについての国民的「無理解」が、日本の閉塞感をもたらしていることは間違いない。適切な診断ができなければ、適切な治療そのものが不能となるからだ。

では、デフレが如何にして様々な問題を引き起こす帰結をもたらしているのか、以下この点について簡単に説明してみよう。

デフレとはそもそも、需要に対して供給が多すぎる状況である。

そんな状況では、物価が下がり、中小企業を中心に倒産が増え、結果、失業が増え、失業しない人々においても所得が低下する。その結果、需要はさらに減少し、デフレはスパイラル(螺旋)状に悪化していく。

その中で、自殺者数は増加することとなる。事実、統計で分かっているだけでも、デフレに突入した瞬間に年間自殺者数は2万人から3万人に急増している。

企業においては先行き不安のために、投資意欲が一気に冷え込み、企業活動そのものが縮小していく。

こうして国民の所得が低下していけば、その合計値である日本全体のGDPもまた縮小する。事実、デフレ突入前の95年の全世界のGDPに閉める日本のGDPのシェアは18%であったが、今やそれは8%以下にまで低下した。言うまでもなく日本のプレゼンスがそこまで低下すれば、外交的な影響力も大きく縮小する。

そして何より、GDPが減れば税収も大きく減少する。それと共に、数多くの失業や低所得者に対する社会保障費が鰻登りに増える。

かくして、デフレによって政府の財政は悪化する。

その結果、政府は支出を切りつめざるを得なくなる。こうして政府による公共サービス(防災、インフラ整備とメンテナンス、教育・研究支援、国防、等)の質も、どんどん低下していく。

またデフレ下では、地方都市では企業経営が成り立たず、地方から都市への企業移転が進む。その結果、地域間格差は拡大し、地方はますます疲弊していく。

さらには、デフレによって縮小した日本国民の購買意欲の低迷は、輸入の縮小をもたらす一方、輸出圧力を高める。そうして輸出超過の状況をもたらし(日本の外貨準備を高めてしまう事を通して)、結果的に円高となる。そうなれば、国内の輸出関連産業は苦しめられ、国内企業の海外流出が加速する。言うまでもなくそうした流出は、国内の雇用を縮小させ、さらにデフレを悪化させる。

───つまり、デフレに突入すれば、1)失業が増え、2)倒産が増え、3)国民所得が下がり、4)企業活力が低迷し、5)累積債務は増加し、6)政府による公共サービス(防災、国防、教育等)の質の低下し、7)GDPが縮小し、8)外交的プレゼンスが凋落し、9)財政が悪化し、10)地域間格差が拡大し、11)挙げ句に円高となり、12)国内企業の海外流出が加速する、という最悪の状態となってしまうのである。

これこそがまさに我が国を覆う閉塞感の真実の構造なのである。

 

「栄養失調」の日本に今必要なのは、TPPや増税ではない。

にも関わらず、大手新聞の90%以上の経済社説がデフレ無理解のままに書かれているのであって、その結果多くの国民は、自らがどういう病に苛まれているのか分からないままに、日々「デフレ病」に苦しめられ続けている。

その結果、日本国家は根源的な病気の原因を放置したままに、表層的な対処療法を繰り返している。もちろんそんな対処療法に万一にでも一定の効果があればいいのだが、残念なことにそれらは病状を悪化させる始末となっている。

その典型例が、構造改革とTPP、そして消費税増税だ。

構造改革・規制緩和は各市場への大企業の参入をもたらし、TPPは海外大企業の日本市場への流入をもたらす。その結果デフレはさらに悪化する。そして、消費税増税は消費そのものを冷え込ませることを通して、これもまたデフレを悪化させる。

これはいわば、栄養失調の人間に無理矢理に栄養制限をしたり、ダイエットのためのエクサイズを強要するようなものだ。

栄養制限やエクセサイズは、健康体には確かに有効だろうが、栄養失調の人間には状況を悪化させるだけに終わる。そして事実、日本はそれらを通して、デフレを過去15年間悪化させ続けてきたのだ。

つまり、日本が今閉塞感に満たされているのは、日本経済の病がどういう病なのかの「診断」を根本的に誤っていることが原因なのだ。

では、デフレ病に対しては、どういう対策が必要なのか──それは至って簡単だ。

栄養失調の人間には「安静」を保った上で点滴を打ったりすることが必要な様に、デフレ病の日本も今、TPPに入ったり消費税増税をしたり構造改革をするような日本の「安静」を乱す愚策を全て取りやめた上で、(栄養剤を提供するように)様々な「景気刺激策」を行うことが必要だ。

この「景気刺激策」の中心に位置するものこそ、政府による大規模な「投資」である。

 

「国土強靭化」で日本は力強く復活する。

ここでもし、日本に投資すべきもの無いのなら、必要性の高くない贅沢な投資を進めざるを得なくなるが、幸か不幸か、今の日本には「どう考えてもやらなければならない投資」が山のようにある。

そもそも最悪300兆円超級の被害をもたらす平成関東大震災や東海・南海・東南海地震に対応するには、様々な強靱化対策(耐震強化、堤防・避難路整備、国土構造分散化など)が必要だ。

それに加えて、高度成長期に整備した様々な橋や堤防が今まさに急速に老朽化し、寿命を迎えんとしている。だから、日本人がこれまで続けてきた当たり前の暮らしを続けるためには、この老朽化したインフラの「リニューアル」が不可欠だ。

つまり、巨大地震や文明の老朽化の波に直撃されんとしている我が国は今、徹底的に「国土強靱(きょうじん)化」を果たさなければならないのだ。そして巨大地震が10年以内に十中八九生ずるとすら言われている状況では、年間10~20兆円程度の投資の下、これらの対策を遅くとも10年以内にでもある程度完了させておくことが必要だ。

こうした対策は、日本がインフレであろうが、資金がなくて世界銀行にでも借りなければないような状況であろうが、是非とも進めなければならないところだが、幸か不幸か、今の日本経済は景気刺激策を「渇望」するデフレに苦しんでいる。だからこうした大規模投資は、経済政策担当者からみれば渡りに船の意味を持つのだ。

言い換えるなら、こうした「国土強靱化」を進めれば、我が国は巨大地震に対する強靱さ(レジリエンス)を手に入れるのみならず、財政悪化を含めたあらゆる諸問題の深淵に横たわるデフレという大病を抜本的に治療することにも成功するのである。

事実、マクロ経済学に基づく数値計算は、年間20兆円超級の強靱化対策を10年間図ることで、我が国のGDPは900兆円規模にまで拡大することもあり得るということを示している(詳細は拙著『救国のレジリエンス』を参照されたい)。

───以上が、我が国を覆う閉塞感はいとも容易く打開することができると筆者が考えている論拠である。

もちろん、中にはそれを信じない読者もおられるかも知れない。

ただし、日本がデフレという自然治癒し難い病に苛まれているとするなら、以上の見通しを信じずにデフレを放置し続ければ、日本の閉塞感が払拭される事はないということだけは間違いなかろう。そうである以上、我々日本人が明るい未来を手に入れるか否かは、国土の強靱化を果たさんとする国家的政治決断を、今まさに下し得るか否かというその一点のみにかかっているのである。

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