藤井聡:「思いやりはどこからくるの?」~外患誘致と売国奴」への憤りの進化 ~

「外患誘致と売国奴」への憤りの進化 

 

藤井 聡

 

    (参考:以下の議論における「集団淘汰」とは、個人vs.個人の個人間の競争で働く「淘汰」(進化の過程の中で弱い者が亡びて、強い者が生き残るという事)とは異なり、集落vs集落、民俗vs民俗、国vs国といったグループ間での競争で働く淘汰を意味します。既往の進化論的研究から、「利他主義」(他人を利する考え方、思い遣り、等)は個人淘汰しかない世界では進化しない一方、集団淘汰があれば進化する、ということが分かっています)

    以上の議論は、「利他主義」というものは、集団淘汰の存在する条件下ではじめて、「利己主義」を押さえて繁栄する契機を得ることができる、というものでした。

しかし、集団淘汰の中で分が悪くなってしまった利己主義は、さらに「進化」した戦略をとることとなります。つまり、集団淘汰の状況を「活用」することを通して生き延びようとする戦略を編み出すのです。

    その戦略こそ、「外患誘致戦略」です。

    これは日本の刑法に定められている殺人よりもさらに重い罪が加えられる、刑法上最も重い罪です(例外無く死刑となる唯一の罪です)。これは、集団として「国家」を想定した上で、「外国と通謀して日本国に対し武力を行使させる」というものです。そしてその罪名は「外患誘致罪」というものです。

    さてここで、より一般的な状況を想定した「外患誘致戦略」というものを考えましょう。

    まず、集団Aを破壊することを通して利益を得ることができる集団Bを考えます。この時、当然ながら集団Aは集団Bからの破壊を防衛しようとします。この時、この集団Bにとってみれば、集団Aの中に「裏切り者」を見いだし、集団Bによる破壊工作を幇助させることに成功すれば、容易に集団Aを破壊し、利益を得ることが可能となります。その結果、集団Bには、集団Aを破壊することで得られる利益の一部を、集団A内の裏切り者に供与する(それと共に、集団Aの破壊後は集団B内で暮らしていくことを保障する)インセンティブが生ずることとなります。

    以上が、基本的な状況設定ですが、こうした状況で、集団A内の個体の内、集団Bが多額の利益供与と共に提示する「集団Aを裏切る」という戦略を、「外患誘致戦略」と呼ぶわけです。なお、集団として国を想定し、かつ、多様な「破壊」を想定した場合、この戦略は「売国」と言われ、また、それを行う人物の事は一般に「売国奴」と呼ばれます。

    さて、この外患誘致戦略ですが、集団A内の個体の内、利他主義者がこれを採用することはありません。当然ながら、それは集団A内の他個体の利益を著しく毀損するからです。ただし、集団A内の一部個体が十二分に利己的であれば、この「外患誘致戦略」を選択することとなります。

    この様な外患誘致戦略が存在する世界では、例え強力な集団淘汰が存在したとしても、利己主義者が生き残っていく可能性がグンと高くなります。

    ただし、外患誘致戦略が全ての集団内にはびこり始めると、各集団の存続が一気に難しくなっていきます。

    こんな時、「外患誘致戦略を検出し、それに重い罪を負わす」という仕組みを導入する集団が発生すれば、その集団は外患誘致戦略への耐性が高まり、結果、集団淘汰において生き延びる傾向が増進することとなります。そして、外患誘致戦略の発生によって高まった利己主義の利他主義に対する優位性がキャンセルされ、利他主義が利己主義に対する優位性を一定程度回復されることとなります。

    以上が、外患誘致罪の罰が殺人を上回る厳しいものとなっていること、ならびに、「組織に対する裏切り者」、とりわけ「売国奴」に対する強烈な否定的感情・生理的嫌悪感・憤りを我々が持っていることの、進化心理学的な根拠なのです。

    この様に考えると、思い遣りや利他主義というものと、裏切り者や売国奴に対する強烈な憤りというものはいずれも、同様の進化論的構造の中から創発されてきたものであると考えられるのです。

 

以上

 

~『思いやりはどこからくるの?』 7章 利他主義の進化論的基盤:階層淘汰による利他的行動の創発 第4節  より(準備中・抜粋)~ 


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