今、求められるインフラ政策の大方針

NiX Technical Report 2014. (in press)

 今、求められるインフラ政策の大方針

京都大学大学院 藤井聡

建設業の供給力を増進すべき

アベノミクス「第二の矢」の執行と国土強靱化の本格的推進──安倍内閣が進めるこの二つの政策方針の影響を受け、今、建設業界、インフラ産業を巡る環境は大きく変化した。

そして今、俄に新聞等のメディア上で、様々な論説員やエコノミスト達が口をそろえて喧伝しはじめたのが「建設業界の供給力不足問題」である。

そもそもデフレによる民需の縮小と、政府の緊縮財政のダブルパンチを受け、全国の建設需要は、かつては官民合わせて80兆円以上あったにも関わらず、半分以下の40兆円程度にまで激減してしまった。結果、多くの建設企業が倒産し、建設企業数は2割弱減少し、就業者も3割弱減少した。そんな中で、安倍内閣にて俄に建設需要が増加したため、その需要に、建設業界が容易に対応することができない状況となった。

この問題について、メディア上では、次の様な大きく異なる二種類の意見が見られている。一つは、「供給力不足だから、これ以上建設投資を増やしても意味がない。建設投資を減らすべきだ」という意見である。例えば、早稲田大学の原田泰氏などは、こういう議論を様々なメディアで主張している。

もう一つの意見は、「供給力不足だが、必要な公共投資は進めるべきである。したがって、供給力を上げるべきだ」という意見である。この意見は、例えば、明治大学の飯田泰之氏などが、メディア上で議論している。

要するに、供給力不足に対して、「需要を削れ」という意見と「供給力を上げよ」という両者の意見があるわけだが、この論争に対する「理性的」な決着の付け方は、至って簡単である。公益の視点からなすべき公共投資が「無い」のなら公共投資を減らせばいいし、「ある」のなら、建設供給力を増強すればいい、というだけの話である。

そして現状を鑑みれば、今の日本には、国民、国家のためになさねばならぬ建設投資が目白押しである事は、火を見るよりも明らかなのだ。

震災復興事業、東京五輪の対策、インフラ老朽化対策、そして、何百兆円もの被害が想定されている首都直下地震、南海トラフ地震に対する国土強靱化に関わるインフラ投資等、いずれも、迅速に対応すべき事業であることは明白だ。これに加えて、近年における日本の国際競争力の低下に歯止めをかけるためにも、リニアをはじめとした各種新幹線整備や、国際空港の拡張や空港アクセスの増強、港湾や道路の整備水準の向上など、何十年もの間議論され続けてきた各種インフラの必要性も、今日低下しているどころか、ますます増進していることもまた、間違いない。

かくして、個々の事業の必要性とそれを踏まえた優先順位の問題や財政やマクロ経済への影響等を総合的に配慮することが当然必要だとしても、公益、国益のためには、(原田氏が主張する様に)政府支出を削除するのではなく、(飯田氏が主張する様に)供給力を増強する取り組みを図ることこそが、採用すべき大方針であることが明白だと考えられるのである。

 

どうすれば、建設業の供給力を増進できるか?

だとするなら、どうすれば、建設業の供給力が増進できるのだろうか。

これに関しては、筆者は、以下の二つの取り組みが必要ではないかと考える。

第一に、建設業者が、これからの受注量についての、大まかな見通しが立てられるようにする、ということである。このために必要なのは(例えば、飯田氏が主張していたように)、公共投資についての長期計画を政府が提示することである。この視点から言うなら、この度、閣議決定された国土強靱化基本計画を軸として、長期的な投資動向を政府が明示していく事が必要であろう。同時に、「民間」の建設需要が堅調に伸びていくだろうという期待を建設業者が形成できる状況を創出するためにも、デフレを脱却させることが極めて重要だ。つまり、アベノミクスの成功は建設供給力増強のためにも、必須項目なのである(なお、アベノミクス成功のためにこそ、当面は建設投資が重要な役割を担い得るところであるが、この点については本稿では誌面の都合上割愛する。)。こうした状況改善を通して、建設業者自身の投資が進める様になることで、日本全体の建設供給力が増えていくことが期待できるのである。

第二に、建設供給力を上げていくためには、建設市場における企業労働者が、それぞれの受注案件にて必要最小限の「利益」や「賃金」が得られる環境を整備することもまた不可欠である。

そもそも、ここ数十年の建設大不況のあおりを受け、ダンピング(過剰な低価格競争)も横行し、結果、建設業の利益は激減した。受注額に占める各企業の利益の割合(利益率)は、かつては4%程度であったが、今やその三分の一強の水準である1.4%にまでに減少した。そして、先にも指摘した様に企業倒産は増えると同時に、倒産を免れた業者においても人を減らしたり重機を手放し足りする事を通して、建設供給力を大幅に低下させていった。同時に労働賃金も、(大手ゼネコンのいわゆるホワイトカラーは除いた)生産労働者をはじめとした多くの建設労働者の賃金は激しく減少していった。かつては製造業よりも建設業の方が高い水準であったにも拘わらず、今日では両者の水準は完全に逆転し、今や、両者の間には年収で45万円以上もの格差がある状況に至っている。結果、多くの労働者が、建設業から離れ、賃金を含めた労働条件が、より良い製造業や運輸業等の他業界に流れていった。

無論、こうした状況になった原因の一つは、建設需要の過激な減少であるが、政府の「公共調達制度」(公共事業の際に業者をどうやって選定するかという制度)に大きな問題があったことも重要な原因となっている。現状の制度では、十分な金額が業者には支払われないケースが極めて多い。そもそも、現行制度では、ダンピングの発生を未然に防ぐことが困難となっている。しかも、労働賃金や資材価格は、「前年の平均値」を「翌年の上限値」とする、という著しく不適切な制度となっている。そんな制度では、(ダンピングが起こり得る環境下では)賃金等は年々減少していくことは確定的だ。その上、様々な間接的な経費(事務管理費や機材の減価償却費)は、必ずしも政府から適正に支払われてはいない。そして何より、こうした劣悪な状況では、「立場の弱い業者」(各種下請け業者や、職人を抱え込むことができない地方ゼネコン等)は、様々な「しわ寄せ」を受け、より一層、適正な利益が得られず、「赤字」を出すケースも頻出することとなっている。

要するに、今日の制度では、建設業は、業者にしても労働者にしても、(立場の強い一部業者を除くと)「儲からない仕事」となっているのである。こういう状況下では、少々仕事が増えても、建設業も労働者も、増えてはいかないのもやむを得ぬところだろう。

だから建設供給力を上げるためには、(業者が不当な利益を上げることは当然避けねばならないとしても)業者にしても労働者にしても、「適正な利益・賃金」が得られる様な制度を整えていくことが必要不可欠なのである。

そしてまさに今、公共調達制度のあるべき姿を謳った「品確法」の改正法案が国会で全会一致にて成立した(平成26年5月29日)。この法律は、上述の様々な問題を全て踏まえた上で、公共調達制度改善の環境が整えようとするものである。今後は、この新しい品確法に基づく具体的な制度の改善議論を進めていくことが求められている。

 

「なすべき建設が、自力でできる国」になるために

第二次安倍内閣成立以後、日本の都市と地域、国土を整えるインフラ業界を巡る環境は、国益を増進する方向に確実に改善されてきてはいるものの、過去20年にわたって「失われた」建設力を「取り戻す」ために、成すべき課題が様々に残されているのが実情である。ただし、国土強靱化基本法と品確法の改正法案は、あるべき方向への「道筋」を確かに照らし出していることもまた事実である。

そうであるからこそ、今後は、我々がこれらの二つの法律に指し示された道筋を着実に歩むことができるか否かに、日本の未来はかかっていると言って過言ではなかろう。我々がその歩みを止めれば、深刻に日本の国益のために求められている諸事業は、今後10年、20年と無作為のまま放置され続け、建設供給力も増強されないままとなるだろう。そして早晩、巨大地震に苛まれ、我が国は二度と回復できない程に深刻な激甚被害を被ることともなろう。

そうした亡国の未来を全力で回避するためにも、我々は今、この両法案が指し示した道筋に全力で歩を進める努力をせねばならないのである。そのために、全国のあらゆる立場の日本国民の力を結集することが今、強く求められているのである。

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