藤井聡:天罰下らんとす,被災地を忘るる日本,日刊建設工業新聞・所論緒論,(掲載予定)

11月 30, -0001 by 未分類 No Comments

日刊建設工業新聞・所論緒論,12.12,2011 (2011/11/18執筆)


天罰下らんとす,被災地を忘るる日本

京都大学大学院 藤井聡


東日本大震災から9ヶ月もの時間が経過しようとしている.

震災直後からしばらくのあいだ,メディアは連日東日本大震災を大きく報じ,時の首相も「国難」という言葉を使った程の緊迫した時間が流れたものの,そんな空気もいつのまにか無くなってしまった.それに取って代わってマスコミ世論を賑わしたのは,「エネルギー政策論争」や「東電叩き」,そして挙げ句には「TPP」であった.そうした「目新しいトピック」が,さながら月替わりメニュー週替わりメニューの様に移り変わっていったのがここ最近の日本の「マスコミ世論」の実態であった.そして,被災地の復興の議論に対して,マスコミ世論における位置づけは極端に小さなものとなってしまった.

つまりあっさり言うなら,大衆世論は東日本大震災という「スーパービッグニュース」に「飽きて」しまったのだと解釈したとしても,ほとんど誰も否定できないのではないかとすら思えてしまう.

それだけではない.

そんな移り気な大衆世論とは無縁のところで粛々と日本国の総力を挙げて被災地の復旧,復興が進められているのならば,大衆世論の愚かしさのみを嘆けばそれで事足りる所であろうが,あろうことか,日本国の中央政府は未だ,本格的な大規模な財政出動を行ってはいない.その結果“復興の槌音”が聞こえるどころか,ガレキ処理すら放置されたままとなっているのが被災地の実態だ.

誤解を恐れずに言うならば,迅速な復旧がありさえすれば救うことができた筈であるにも関わらず,この9ヶ月にも渡る「日本政府による放置」によってもう二度と復活不能な最悪の状態,すなわち“手遅れ”の状態に立ち至ってしまった“ふるさと”が,一つまた一つと日に日に増えてしまっているのではないか────.

そもそも,この9ヶ月弱の間,政府が被災地に出動したのは,たった“6兆円”にしか過ぎない.

無論,多くの国民がこの金額の多寡を判断できぬのかもしれない.

しかし,思い出して欲しい.

政府は輸出企業達が悲鳴を上げた“円高”問題に対しては,たった一晩で7・4兆円もの財政を出動したのだ.なぜ故に(早晩,円に換金しずらい米国債に化けてしまいかねぬ)「ドル」を買うためには出せるカネが「被災地」には出せぬのか───このおぞましい現実に卒倒しかねぬ程の憤怒の念を抱くのは,決して筆者だけではないと思う───.

しかし,こうした声や思いが,日本国民「全員」に共有されることはないようだ.

そのあからさまな「証拠」がTPPだ.

TPPは,被災地の方々の多くが生業とする中小零細一次産業をさながら「狙い打ち」するかのように破壊する.幾人かの論者がそれを指摘し,かつ被災地が復興のためにはTPP不参加が不可欠との声を挙げたにもかかわらず,「被災地のためにこそTPPを!」と勇ましく(うそぶ)きながら,この国の政府も財界も学会もメディアもその小さな叫び声の全てをかき消してしまった.

───今日本は巨大地震の危機に直面している.その被害は,一説によれば五百兆円を遙かに上回る文字通りの国を亡ぼす破壊力を秘めたものであるとすら言われている.筆者はそんな巨大地震をも乗り越えるべき強靱さを日本が手にいれねばならぬと強く念じている.しかし,被災した人々を放置し続けるような「外道」が日本であるとするなら,日本はそんな強靱さを手に入れる資格を持たぬのではないか,だとするなら,今予期されている超巨大地震は,そんな「外道」に対する「天罰」たらんとするものなのではあるまいか───.

もしも我々日本国民がそんな「天罰」を避けんとするならば,何よりもまず深く傷ついた被災地を全力を賭して助けねばならぬ.日本国家存亡の危機において何よりもまず求められているのは,「天道」に添う国たらんとすることの他に何もないのだ.