専門家による流言蜚語の類には警戒すべし

日刊ゲンダイ,2012.8.31

日本経済の「虚」と「実」~新聞報道に騙されるな!~⑩

専門家による流言蜚語の類には警戒すべし

京都大学大学院教授 藤井聡

 

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本連載では、消費税増税を巡る議論の中には驚くべき程に多くの「(そら)事」が含まれていることを紹介した。それらの多くは、実際には何の根拠もないのだが、一瞥すれば何となく正しそうに見える───という種類のものであった。が、今回取り上げるのは一瞥する「だけ」でも、「それはウソだろう」という事が分かる様なあからさまな(そら)事だ。

それは、「消費税増税は、景気を回復させる」という説である。

筆者がこれを始めて耳にした時、あまりの荒唐無稽さに驚いたのだが、様々な経済学者やエコノミスト達が大真面目にこの説を主張しているのには、全くもって閉口したものだ。多く人々もまた「そんな馬鹿な」と一笑に付したのではと思うが、中には「そうなのか」と信じた人もいるだろうし、「そんな議論もあるくらいなのだから、増税で景気が悪くなるとは必ずしも言えないかも───」と思った方もおられたことだろう。

しかし理性的に検討してみれば、そこには論理的、実証的な正当性がほとんど見いだせない様な代物にしか過ぎないのである。

彼等は消費税増税の直前に生ずる「駆け込み需要」に着目する。これは、「増税される前にまとめ買いしておこう」という消費者心理に基づく需要だ。確かに、橋本政権下で2%消費税が増税された直前にこの現象が起こっている。そして彼等は次のように続ける「上手に段階的に消費税を上げていけば、駆け込み需要が毎年起こるのであって、それを通して、内需が拡大していく」───これはもう、筆者の耳には文字通りの「トンデモ話」にしか聞こえない。

第一、消費税増税で景気が実際に回復した事例は現実には存在していない。第二に、駆け込み需要があるからといって、それが増税後に訪れる需要の収縮を埋め合わせる保障など全くない。そもそも、駆け込み需要は一回こっきりだが増税後の需要の収縮は永続的だ。だから常識的に考えれば需要縮小効果の方が優越するであろうことは火を見るより明らかだ。第三に実際、97年の増税後の住宅投資データを見れば、駆け込み需要を圧倒的に上回る、増税後の投資の縮退が生じているのは明白なのだ。

おおよそどんな流言蜚語でも、一旦口にされてしまえば、かつ、それを口にするのが権威有る専門家であり、しかもそれが繰り返されてしまえば、一定の世論形成効果を持つものだ。恐ろしい話だが、適正な世論形成を目指すのなら、そうした流言や蜚語に対しては一つずつ地道に反論や論駁を繰り返していく他ないのであろう。

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