TPPが建設産業の「崩壊」を導く

日刊建設工業新聞(緊急提言)平成23年3月3日号

TPPが建設産業の「崩壊」を導く 

藤井 聡


ここ最近、“TPP”(環太平洋戦略的経済連携協定)という言葉が世間をにぎわしている。世間では「TPPは米国を含む諸外国との関税を撤廃する貿易協定で、それによって国内の農業が打撃を受ける一方、家電製品や自動車などの日本の「輸出産業」は伸びると期待される―――」等といった論調が多いようだ。そうした認識は、建設業界内部でもほぼ同様で、「これまで、外国企業はそれ程入ってこなかったし、心配は無用だろう。むしろ、大手ゼネコンが海外に出やすくなるのだからいいのではないか」という“楽観論”が語られる事もしばしばである。

しかし、そうした“楽観論”は、現状に対する甚だしい“認識不足”に基づくものでしかない。

そもそも、TPPを日本に持ちかけてきた米国は、オバマ大統領自身が一般教書演説でも強調している様に、リーマンショック後の国内の不況改善を図るべく、(ドル安戦略による)徹底的な輸出拡大を図ろうとしている。それ故、TPPによって「日本への輸入」が増える要素はあったとしても、「日本からの輸出」が伸びる事はほとんど期待できない。

しかも、メディア等ではほとんど指摘されていないが、TPPは単なる関税撤廃だけではなく、習慣や規制等の様々な「外国企業の参入障壁の撤廃」を求める協定だ。この点を踏まえれば、「建設業界」に深刻な影響が及ぶ危険性が明確に浮かび上がる。

第一に、TPPに加入すれば「国際入札」のための最低金額が大幅に引き下げられることが予期される。例えば地方の建設コンサルティングの最低金額は現状で2億円強だが、これが1千万円を切る水準になる可能性がある。こうなれば外国企業参入の危険性が広がると同時に、発注のための行政コストが肥大化する。その結果、公共事業の発注総量が、単なる行政コストの問題で大幅に限定されてしまうという理不尽な帰結が危惧される。

第二に、日本国内の建設事業の水準は「一級土木施工管理技士が必要」「現場代理人の常駐が必要」といったルールによって確保されてきた。しかしTPPによってこれらの「外国企業参入に都合の悪いルール」が撤廃される可能性がある。そうなれば、外国企業の参入如何に関わらず、国内の建設事業全体の品質が大幅に低下する等、建設産業全体が大きな混乱に見舞われる可能性がある。

第三に日本では建設事業の政府発注の“ロットサイズ”は慣習的に小さく、これを前提として大小様々な業者が併存する形で建設業界が発展してきた。ところがTPP加入後には、海外企業が容易に参入できるようにするために、“国際標準”に合わせるべくロットサイズを大きく「引き上げる」可能性がある。そうなれば外国企業の流入は一気に現実味を帯び、筆者の試算では、最悪で5000億円~1兆円規模で外国企業が国内の建設事業を受注していくリスクすら現実的にあり得ることとなる。そんなリスクが現実となれば、現状の建設デフレが回復不能な程に深刻化し、凄まじいリストラや倒産の嵐が全国の建設業界を覆う事となるのは間違いない。

しかもこうした理不尽な諸帰結を回避するためには、諸外国との地道な交渉が不可欠であるが、そもそも建設産業は「農業」と同様に「輸出産業」ではない。したがって我が国政府は、「輸出産業」の交易を有利に進めるための「カード」の一枚として、国内の建設市場に対する諸外国の要求を「飲んでいく」ことすら危惧される。つまり、政府は輸出産業を優遇するために、建設産業を守るどころか「切り捨て対象」とする危惧さえ現実的に想定されるのである。

つまり、現在の状況を冷静に分析すればする程に、「TPPへの加入という“平成の開国”によって日本を発展させる」という発想が「世間知らずの青二才の夢物語」程度の代物にしか過ぎないという危惧が明白となるのだ。

そうである以上、日本の建設業界を守ることのみならず、日本経済のこれ以上の凋落を防ぐためにも、我々はTPPに対して最大限の警戒心でもって臨み、慎重なる否定的姿勢を明確化にしていくことが、冷静で合理的な判断だと言わざるを得ないのである。

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